前編 詐欺師と保釈金
警察署の面会室で、マコトは留置所に放り込まれたアランと相対した。
アランは面会室に駆け込んでくるなり、部屋を仕切っているガラスに手をついて叫ぶ。
「ちょっと! パーティーメンバーを通報するって何考えてるわけ!」
「するだろ、そりゃあ」
マコトは三白眼でじとりとアランを睨みつける。
「パーティーメンバーとはいえ他人の名前で勝手に借金? 普通に犯罪だし。だいたい勇者パーティーなんだから、借金なんて必要ないくらい稼いでるはずだろ」
「いやいや聞いてよ。俺はね? パーティーで受け取る依頼料と討伐達成料をね、ちょーっと増やしてやろうと思って。良かれと思ってね? パチンコに使ったのは事実よ? でもたまにはあるじゃない、負けること。これは取り返さなきゃと思って、ちょこーっと元金を借りただけなのよ。まぁ結果負けたんだけど。でもそれだけで追放ってさぁ!」
「ガチのお荷物じゃねぇか!」
マコトは憤慨する。掘り出し物かと思いきや、とんだ不良債権だ。
アランは椅子に腰掛けると、眉を下げて情けない表情を作って、マコトの顔を覗き込む。
「そんな顔しないでよ。俺身寄りもないからさぁ。坊ちゃんが保釈金出してくれないとマジで豚箱行きよ?」
「ビタイチ出すもんか」
「留置所の飯、マズいんだよね。ベッドも硬いしおじさんには堪えるのよ」
「常連なんじゃねぇかよ」
怒りを通り越して呆れてきた。
人生そう甘くはない。マコトは掘り出し物なんてそうそう転がっているものではないのだという現実を知った。
ため息とともに肩を落とす。
「もういい、解散だ、解散。犯罪者とパーティーなんてやってられるモンかよ」
「あー、そりゃ無理だね」
マコトの言葉を、アランは即座に否定する。
「最近冒険者法が変わったろ。パーティーの解散は結成から3ヶ月経たないと出来ないよ」
「はぁ!?」
マコトが椅子を蹴って立ち上がる。
がたんと音がして、椅子が倒れた。
「何だそれ、そんな法律聞いてない」
「法律って結構、ひっそり変わるんだよねぇ。ダメよ、ちゃんとアンテナ張っておかなきゃ」
「なんで、そんな法律が」
「2、3年前かな。一時期流行ったろ、パーティー解散」
「え? ……ああ、そういえば」
言われて、マコトは頷いた。
今はパーティー追放が流行っているが、その前に流行っていたのは「解散」だった。
当時マコトが所属していたパーティーも、その流行に乗って解散したのだ。
「あれな。実は、補助金目当てだったんだよ」
「は?」
思わず目を剥いた。
そんなマコトを一瞥し、アランは声を低くするでもなく、世間話をするように続ける。
「冒険者って、職業によってはパーティー組まないと依頼受けられない奴もいるでしょ。そういう奴への救済措置として、何らかの事情があってパーティーが解散したとき、ギルド経由で申請すると補助金がもらえたのよ。冒険者不足解消のためのイメージ戦略? っていうの? 安定しない、もしものときの保証もない、っていうイメージをどうにかしたかったみたいでさぁ」
アランの言葉が、頭の中でぐるぐる回る。
補助金?
そんなもののために、パーティーを、解散する?
「いや、ずいぶん稼いだよ。同じ目的の奴らで集まって、メンバーを変えてパーティー組んで、解散して。怪しまれないようにギルドを転々として」
「はあああ!?」
「まぁそれがバレて、この3ヶ月縛りが出来ちゃったんだけどね。解散の手続きは面倒になるし、解散後の規約も厳しくなるしでまぁ散々だったよ」
「アンタの! せいじゃ! ねぇか!!」
今度はマコトがガラスを叩く番だった。
アランはへらへらと笑いながら肩を竦める。
「いや、俺だけじゃないよ? そうやって稼いだ奴はいくらでもいたって。それで国も法律変えてまで手を打ってきたわけだし」
「……もういい」
マコトはガラスを叩いていた手を力なく降ろした。
その肩は、ふるふると震えている。
「保釈金、払ってやるよ。さっさと出て来い」
「え? マジ?」
目を丸くするアランを、マコトが冷たい目で見下ろした。
「ガラス越しじゃぶん殴れないからな」
○ ○ ○
「いてて。銃身で殴るとか狙撃手としてどうなのかね。商売道具は大事にしなさいよ」
「市街地じゃ撃てないって制約、不便だなって初めて思った」
アランとマコトは、近くの酒場で向かい合って座っていた。
アランは手ひどく殴られたようで、頭にはたんこぶがあるし、頬は打撲で赤く腫れあがっている。
ポーションを使えば一発で治る程度の怪我だが、自分がボコボコにした男にポーションを分け与えるほどマコトはお人好しではないし、この程度の怪我ではポーションを使っていられない程度にアランの懐は寂しかった。
マコトが手に持った銃の引き金をがちがちと引く。そのたびに、銃身に禁止マークとともに魔方陣が浮かび上がった。
冒険者登録をすると、市街地では武器や攻撃魔法が使用不可になる。
剣と魔法と銃弾の飛び交うこの世界では、「制約」という特殊な契約魔法を使ってルールを守らせることで、不必要な諍いを防ぐのが常であった。
「アンタたちのせいで……あの解散ブームさえなければ、オレは……」
「そういや、狙撃手がソロってのは珍しいな。あの流行でパーティーが解散したクチか」
アランの言葉に、マコトはしぶしぶながらも頷いた。
役に立たない銃を、太腿に着けたホルスターへ仕舞う。
「最初のパーティーは、パーティー内で2股かけた奴がいて、こじれにこじれて刃傷沙汰」
「痴情のもつれね。新米パーティーが解散する理由第一位」
「次のパーティーは、リーダーが実家に戻って農園を継ぐことになって。他のメンバーもそれぞれ冒険者としてのスタンスが違ってて空中分解」
「方向性の違いか。それは新米パーティーが解散する理由第二位」
アランがうんうんと頷きながら、マコトの言葉に相槌を打つ。
在り来たりだといわれているようで少々気分を害しながらも、マコトは続けた。
「その次は、たいしたことない喧嘩からお互いに引っ込みがつかなくなって、ブームも後押しして解散」
「あの頃、多かったもんねぇ。補助金目当てだけじゃなくて、流行に乗って解散だ!ってなるパーティー」
「それで、しばらくは1人でいいかってソロでやってたけど。短期間に3回の解散歴があると経験者からは倦厭されるし、ソロが長くなれば長くなるほど初心者パーティーには入れなくなっていくし。最初はからかってたギルドの連中も、段々腫れ物に触るみたいにその話題を避けるし」
「あー……」
アランがマコトの顔を見下ろして、無精ひげの生えた顎を擦る。
「そんで、次に掴まされたのが俺、と。分かった、坊ちゃん、運がないんだな」
「うるせぇ!」
あっけらかんと言ったアランに、マコトは鼻息を荒くする。
どうどうと手で制しながら、アランは続けた。
「冒険者に運って大事よ。まだ若いんだし、もう諦めて親元帰ったら?」
「
「うわぁ。今時いるのね、右世界ドリーム信じちゃうやつ」
マコトは苦々しい顔で目をそらした。
昔は互いに「異世界」と呼び合っていた2つの世界が1つになって、すでに50年。
パスポートさえあれば個人でも簡単に行き来が出来るようになってから、実に30年。
剣と魔法と「スキル」と呼ばれる特殊能力が物をいう「
2つの世界は互いに溶け合いながらも、それぞれの世界がもともとの特色を生かしながら共存していた。
たとえば、知識や技術を得て堅実に働きたいものは左世界へ。たとえば、スキルを生かして冒険者やダンジョン攻略で一発当てたいものは右世界へ。
特に左世界では一時期、未開拓でかつ左世界にはない「スキル」というものの存在から、人生一発逆転をかけて右世界に移住するという「右世界ドリーム」なるものが流行していた。
実際のところ、本当に有用なスキルやレアスキルを修得できることは稀であったため、文字通りの「夢物語」として、多くの人々は現実を知ることとなったのだが。
「坊ちゃん、左世界人だったんだな。スキルは? こっち来るとき修得したのがあるだろ」
「……『必中』」
「何だ、いいスキルじゃん。高ランクの狙撃手だったら必須級だろ」
「確かにいいスキルだよ。他のスキルと組み合わせる前提ならな」
頷きながらも、マコトは表情を曇らせる。
「必中」は、撃った弾や放った矢が必ず的に当たるというスキルだ。
レベルが上がるほどその精度が高くなり、遠い距離からでも狭い範囲に当てることが可能になる。
マコトはレベル7という、それなりに高いレベルの必中スキルを所持していた。
だが逆を言えば、それ「しか」所持していなかった。
「え? 『必殺』は? 確率で即死効果付与できるやつ」
「ない」
「『魔法弾生成』のスキルがあるとか?」
「ない」
「基礎魔力が高くて魔法が撃てるとか」
「撃てない」
「銃に頼らなくていいくらい身体能力が高いとか」
「高くない」
マコトは苦々しげに首を振る。
アランの目が段々と、かわいそうなものを見るものに変わっていく。
「オレには必中しかないんだよ。レベルを上げても他のスキルがまったく修得できない」
「えーと……それは何ていうか……ご愁傷様?」
アランがへらりと苦笑いするが、話し出してしまったマコトの勢いは止まらない。
日ごろの鬱憤やら恨みつらみがつらつら口から溢れ出る。
「必殺がないから、どうしたって火力が弱い。生身の人間ならともかく、硬い鱗や甲羅を持つモンスターは倒せない」
「でもほら、魔法弾って手があるでしょ、火力出すなら」
「魔法弾を自力で生成するにはスキルがいるし、市販の魔法弾は高いだろ。必殺スキルなしでも大型モンスターを倒せるような魔法弾をいちいち買ってたら、冒険に出るたび大赤字だ」
「ここまで職業とスキルが噛み合ってるようで噛み合ってないの、逆に珍しいな」
感心したように頷くアラン。
じろりと睨みつけると、彼は軽く両手を挙げて降参のポーズを取った。
「まぁでも、人間には通用するでしょ。防御魔法張ってる相手ならともかく、初心者程度だったら簡単に狩れるんだから、稼ぎようはいくらでも」
「正当防衛以外で人間撃ったら犯罪だろ」
「ダンジョンの中なら蘇生薬で一発だろ。撃ったうちに入らないって」
「アンタみたいな犯罪者と一緒にすんな」
「分かった、坊ちゃんは運が悪い上に損な性格なんだな」
マコトはアランの言葉に対して、無言で睨みつけることしか出来なかった。
マコト自身も「もっと上手くやれるだろう」という思いがないではなかったからだ。
正義感が強いと言えば聞こえは良いが、妙に潔癖な所があると自覚している。
パーティーのことだってそうだ。もっと要領よくやれていれば、2年もソロでいる羽目にはならなかったかもしれない。
だが、要領よくやるというのが、マコトはとにかく苦手であった。
結果として、たいした経験値も入らないのに小型のモンスターをソロで狩って日銭を稼ぐ暮らしになっているのだが、罪のない人を撃つくらいならこれでいいや、と思っていた。
そもそも冒険者というのはその成り立ちから、ダンジョンの攻略と同じくらい「人助け」を信条としているものだ。自分の暮らしのために他人を傷つけるようでは本末転倒である。
要領の良さだけで生きているような目の前の男を睨み、マコトは話題の矛先を変える。
「アンタのスキルは? ジョブは暗殺者だろ?」
「あー、えっとねぇ、『
「暗殺者の初期スキルだな」
「そう。結局レベルが低いから、相手に触ってないと効果ないんだけどさ」
アランがひらひらと手を振って見せる。
魔法解除は、敵の強化魔法を解除するスキルだ。
防御魔法を解除してこちらの攻撃を通りやすくしたり、状態異常にかかりやすくする際に利用される。
マコトがアランを暗殺者だと踏んで声をかけたのは、この初期スキルが狙いであった。
物理的に装甲の厚いモンスターはどうにもならないが、強化魔法を使っているモンスター相手ならマコトの銃弾を通りやすくすることが出来る。
単なる前衛としての役割しかない剣士や戦士より、魔法剣士や暗殺者が狙撃手と相性が良いというのは、右世界の冒険者にとっては常識であった。
「あと、『
「もしもしポリスメン?」
「タンマタンマ、まだ何もしてない、してないでしょうが!」
通信端末を取り出したマコトを、アランが慌てて止める。
「透視スキルとか開錠スキルを持つ奴は国に申請して登録しないといけないことになってんの。そのとき制約でダンジョン以外では使えなくされるから悪用はしてないって。坊ちゃんの銃と一緒よ」
「なら安心か」
「……まぁ、裏を返せばスキル以外では開けたい放題ってことなんだけど」
「お巡りさーん!」
「待て待て待て」
大声で叫ぶマコトの口を、アランの手のひらが塞いだ。
もちろん叫んだところで警官が来るはずもないのだが、実際に先ほど突き出されたばかりのアランにとっては洒落にならなかったらしい。
「躊躇なく俺を突き出そうとするのやめろって! 保釈金払うのはお前なんだぞ!」
「そうだ。その話。解散がダメなら、アンタを追放する」
マコトがびしりと人差し指を突きつける。
しかしアランは慌てた風もなく、軽い調子でそれを受け流した。
「そいつは出来ない相談だなぁ」
「何で」
「追放は確かに解散よりハードルが低い。そもそも、解散の手続きが面倒になったせいでお荷物を追い出せなくなって困ってるパーティー向けの制度だからね」
「アンタみたいな?」
「ま、そういうこと」
アランはあっさりとマコトの言葉を肯定する。
その飄々とした様子を見て、先ほど取り乱して勇者に縋っていたのは演技だったのでは、という考えがマコトの頭を掠めた。
ここまでの彼の話を総合しても、わざと追放されるくらいのことはしそうに思えたのだ。
何らかの、金銭的なメリットさえあれば。
「追放された側は補助金があるんだけど、同一メンバーでパーティー組み直せなかったりでいろいろとルールがややこしくて」
「そりゃアンタみたいなやつが何回も同じパーティーに入って追放されてを繰り返しそうだからだろ」
「俺としちゃ、適当なパーティーに取り入ってわざと追放されて補助金もらうっていう方法にシフトしただけだし、そう困ってなかったけど。勇者パーティーは惜しかったな。もうちょっと稼げそうだったのに」
嘯くアランを、マコトは胡乱げな目で見つめる。
解散歴も追放歴も星の数ほどありそうなこの男が何度もパーティーを組めているのに、自分と来たら。
怒りも呆れも通り越して悲しくすらなってきた。
「とにかくその追放ってやつ、オレもやるから」
「だから、それは無理なんだよ」
ゆるゆると首を振るアラン。
マコトの眉間の皺が一段と深くなった。
「追放にはパーティーの『過半数』の賛成が必要なわけ」
「それが何?」
「今、俺と坊ちゃんのパーティーは2人。坊ちゃんが俺の追放に賛成でも、俺が反対したら……絶対に半数を超えることはない」
「……あ」
指摘されて、初めて制度の穴に気がついた。
何という杜撰な制度だ、と思ったが、そもそもパーティーは4〜5人で組むのがセオリーだ。
1人の意見で追放するかどうか決められてはそれこそ公平性がないし……アランのように悪用する輩までいるようでは、仕方がないのかもしれなかった。
「アンタも追放されたほうが都合がいいんじゃないのかよ」
「パーティー結成して3ヶ月経つと一時金もらえるんだよ。知らないの?」
「誰がやるもんか」
マコトは吐き捨てるように言った。
予想通り金目当てだったらしい。
アランが悪びれもせずに肩を竦める。
「最近、追放されて補助金もらう手続きも複雑になってさ。あのパーティーだって、こんなに早く追放されるつもりじゃなかったし」
「いつかはされるつもりだったのかよ」
「そりゃあね。でも連中相当怒ってたし、あいつら一応有名人だからなぁ。たぶんもう他の街のギルドまで話が回ってる。となると、ほとぼりが冷めるまで俺と組もうなんてやつはいないだろ」
今度は、アランがマコトに人差し指を差し向けた。
「坊ちゃんみたいなお馬鹿さん以外は」
「…………」
マコトが銃口をアランに向けて、引き金を引く。
ガチガチと引き金が鳴るばかりで、弾は出ない。
悔しげに唇を噛み締めるマコトをどうどうと手で制しながら、アランはへらりと笑う。
「まぁまぁ、とりあえず3ヶ月の我慢よ。そしたら追放でも解散でもお好きにどうぞ」
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