勇者パーティーを追放された男を拾ったら、ガチのクズだったので通報しました
岡崎マサムネ
プロローグ 追放と通報
「お前はこのパーティーには必要ない。今日限りで出て行ってもらう」
「そんな、殺生な!」
「お荷物なんだよ、いい加減うんざりだ!」
ギルド併設の食堂で食事をしていると、そんな会話が聞こえてきた。
またか、とマコトはジョッキを傾ける。
最近冒険者がパーティーを追放するとかされたとか、そんな話がよく聞かれる。数年前は「解散」だったが、今は「追放」の方を頻繁に耳にするようになった。
本来パーティーというのは一蓮托生、互いに命を預けあう仲間だ。臨時の討伐隊のようなものでない限り、気軽に追放やら解散やらされるようなものではない。
むしろ解散歴や追放歴があると、次のパーティーが組みにくくなる。
それだけ協調性のない人間だと思われるからだ。だからこそ、多少の不和は飲み込んででも、続けるメリットの方が大きい。
一種のブームみたいなものかもしれない、と思った。
誰も解散や追放をしていない中で言い出すのは勇気が要るが、身近なパーティーが解散した途端「じゃあウチも」となったりする。
離婚と一緒だ。
今まさにそのムーブメントの一端を目撃しているのだが、マコトには縁のない話だった。
何故ならマコトはパーティーを組んでいないからだ。
最初こそ「お坊ちゃんが一人で」とからかわれたものだが、今や誰もマコトの前でその話をしなかった。
榛色の髪を耳に掛けながら、野次馬気分で視界の隅に映るパーティーに目を向ける。
渦中にいるのは、現在「勇者」と評されるエリート剣士を擁するパーティーだ。
この世界の中心にある巨大ダンジョン、その最深部を攻略しようとしている中でも超一流。
古代から伝わるダンジョンの財宝「勇者の証」に最も近いパーティーのうちのひとつであり、人に害を為すような高ランクモンスターの討伐依頼にも率先して加わる冒険者の鑑。
人々は彼らを賞賛して「勇者パーティー」と呼んでいた。
そのパーティーから、1人の男が追放されようとしている。
勇者パーティーの一員にしては軽装で、長身だが少々猫背気味の、30代後半の男だ。
装備品からして
その男が、一回り以上年下だろう勇者の足に縋ってみじめったらしく食い下がっている。
とても見られたものではない。目を逸らしたくなるような光景だ。
見るからにへらへらとして胡散臭く、勇者パーティーだの冒険者だのというより女の家を転々としている方が似合っていそうな男だ。
大方、勇者パーティーの求めるほどの能力がなかったとか、レベルの上がった他のパーティーメンバーについていけなくなったとか、そんなところだろう。
だが、マコトはそこでふと思い出した。
優秀なパーティーから不要だと追放されたメンバーが、実はそのパーティーで欠かすことの出来ないくらい重要な人材だった、という話を聞いたことがあったのだ。
当たり前のように行使される能力が類稀なものであったことに、他のパーティーメンバーは追放した後で気づく。
連れ戻そうにも、手ひどく追い出してしまったのでそう簡単には戻ってきてくれない。結果、パーティーは崩壊する。
だから仲間を大切にしましょうね、というのは昔からよくある教訓話だが、最近は「実際にそういうことがあったらしい」とまことしやかな噂話を聞く頻度が増えていた。
ということは――目の前で駄々を捏ねている成人男性も、とんでもない掘り出し物の可能性があるのではないか。
そうでなくとも勇者パーティーにいたくらいだ。勇者にとっては力不足であっても、今のマコトにとっては有用である可能性が高い。
縋りつく男を蹴っ飛ばすようにして、ギルドを出て行った勇者パーティー。
取り残されてがっくりと脱力している男に歩み寄り、マコトは声をかけた。
「なぁ、おっさん。オレとパーティー組まないか?」
「……え?」
「オレもいま一人なんだ」
マコトはまるで「たまたま今はフリーですよ」という風を装った。
実際のところ彼がパーティーを組まずに1人で行動するようになってから2年以上の年月が経過していたが、そんなことはおくびにも出さない。
騙すようで心苦しいが、嘘は言っていない。マコトはそう自分に言い訳をした。
男は目を見開いてマコトを見上げていたが、やがて自嘲気味に笑う。
「いいの? 俺、お荷物だって追い出されちゃったんだけど」
「いいよ。オレ、
マコトが手を差し伸べた。
男は僅かに躊躇った後、その手を取って立ち上がる。
「ありがとな、坊ちゃん。恩に着るよ」
「じゃあ……」
「ああ、パーティー結成だ!」
男がにやりと笑う。
マコトは内心飛び上がりそうになるのをこらえて、笑顔で頷く。
ついに。ついにパーティーが組めた。しかも掘り出し物っぽい。
所属していたパーティーが解散してからというもの、マコトがパーティーを組むのは、実に2年ぶりのことであった。
「オレ、マコト。おっさんは?」
「アランだ」
自己紹介もそこそこに、パーティー結成の申請書類をギルド窓口に提出する。
なんだかやけに周囲の冒険者の視線を感じたが、理由は分からなかった。
勇者パーティーからの掘り出し物を先に奪われて、悔しいのだろうか。マコトはそんなことを考えていた。
ギルドカードにパーティーメンバーの氏名が記載される。
その小さなことにもマコトはじんわりと感動を噛み締めた。
ギルドカードを腰のポーチに戻しながら、ふと男――アランに問いかける。
「そういえば、アランはなんで追放されたわけ? 何かミスしたとか?」
「あー、えっとねぇ」
「おいアラン、どういうことだ!」
派手な音を立てて、ギルドのドアが開け放たれた。
振り向くと、先ほど出て行ったエリート勇者ご一行が、どかどかと足を踏み鳴らしながらこちらに向かって歩いてくる。
その形相はまさに鬼といって差し支えないものであった。
もしかして、もうアランの有用性に気がついたのだろうか? それで「話が違う!」とか言って連れ戻しに来たとか?
そう考えて身構えたマコトが止める間もなく、戦士の男がアランの胸倉を掴む。
「また俺たちの名前で借金しやがったな!」
「え?」
え? と、マコトは思った。
声にも出た。
借金? 借金って、あの、金を借りる、借金?
「いやぁ、借金って言うか。融資って言うか。あはは」
「最後の最後までこれかよ! 金返せ!」
「ぐえ、タンマタンマ、死んじゃうって」
アランがギリギリと締め上げられている。
ほんの数十秒前まで止める気でいたマコトは、今や目の前の状況を呆然と眺めていた。
「返せるなら返したいけどさぁ。残念ながら俺、一文無しなのよね」
「どうせギャンブルか何かでスッたんだろうが!」
戦士の男がアランを放り投げる。
壁にぶつかって床に落ちるアランを、マコトは冷めた目で見下ろしていた。
さらに殴りかかろうとする戦士の男の肩に、エリート勇者がそっと手を置く。
「もういい。やっとあの不良債権を切れたんだ。手切れ金だと思って放っておこう」
「……チッ。2度とふざけた真似すんじゃねぇぞ」
エリート勇者はフナムシでも見るような目でアランを一瞥し、踵を返す。
途中、ほんの一瞬だけマコトに向いたその視線には、確かに憐れみの色が込められていた。
戦士の男は怒りが収まらないという様子でアランを睨んでいたが、やがて最後っ屁といわんばかりに椅子を蹴っ飛ばし、勇者とともにギルドを出て行く。
取り残されたのは、床にへばりついたアランと、マコトである。
マコトは腰につけたポーチから通信端末を取り出すと、
そして通信が繋がるや否や、告げる。
「もしもし警察ですか? 詐欺です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます