藤岬の契約
ヘイ
サキュバス
「悪魔憑きですね、君は……」
「何ですか……それ」
「何ですかって何ですか? 変な夢を見ると言って私のところに来たのが君なんですよ」
眼鏡を掛け、着古した服に白衣を羽織った二十代後半と思われる男性が気怠そうに話す。予想通り、外見通りの反応だ。
「それで……悪魔?」
「はい。まあ、悪魔と言っても千差万別なんですがね」
徐に黒色のソファから立ち上がった彼を男子高校生である
「とりあえず、コーラでも飲みます?」
「そこはコーヒーとかお茶とかじゃないんですか……?」
「あれ、コーラ嫌いです? というかコーラもカフェイン入ってますし、実質6分の1くらいはコーヒーですよ」
冷蔵庫の扉を開いたせいで眼鏡の男の顔は隠れてしまう。
「それよりも。本当に真面目な事をお願いします。困ってるんですよ」
夜空にとって悩ましい問題であった。
というのは見る夢が初恋の相手と情事に耽るという悶々とする様な物で自制が効かなくなってしまいそうな淫夢であったからだ。
「なら寺に行けばいいでしょう。悪魔に付け入る隙を与えたのが悪いとか、そういう感じだと思いますが」
「……なんか嫌味っぽくありません?」
「いいじゃないですか。ていうか、今から逃げるんでしたら淫夢見てるって吹聴しますよ」
「客の個人情報!」
「冗談です」
冷蔵庫から500mlペットボトルのコカコーラを2本持ってきてテーブルの上に置き、ソファに座り直した。
「何がどうなって私の所に来たのか知りませんけど……」
「……冷やかしのつもりだったんですが」
「まあ、何はともあれ君はお客さんです、一応は。何より悪魔に憑かれてますし」
「判断基準、そこなんですか?」
「はい。というか、不思議なモンですよ。君、悪魔に好かれやすいんですよ。よく今までのうのうと生きてられましたね」
「あれ、俺責められてます?」
「別に」
何だコイツは。
夜空は喉まで出かかった言葉をギリギリで飲み込んだ。
「そうそう。私、
「星野夜空です……って、何ですか。長い付き合いにって。今回きりだと思いますよ、はい。いや本当に」
「私と君、会うの初めてですよね? 蛇蝎の如く嫌わないでくださいよ。別に毒なんて持ってませんし」
「時折、毒を吐いてんですよ」
岬は「やれやれ、最近の若いのは」と態々口に出す。
「良いですか? 嫌いな人とも仲良くしなきゃダメなんですよ? 先生に習いませんでしたか?」
「俺と貴方は客と店みたいな関係なので嫌いなら嫌いで関わらないって選択肢あるので」
「はあ、分かりましたよ。何が嫌いなのかって言ったら、君は私の実力を理解してないからだと思うんですけど」
「いや、人間的に無理なんです」
辛辣な物言いだが岬も先程から対応が悪いのだからイーブンだろう。
「ダメですよ。傷付いたら自殺しちゃうかもしれません」
「大袈裟すぎません?」
「大袈裟な物ですか。私の飴細工の様に美しく、強化ガラスの様に強固なハートでも限界があります」
「少なくとも飴細工の様な美しさではないと思います」
「モノの喩えですよ。死ね」
「流れる様に死ねって言わないでください」
岬はペットボトルの蓋を開けてコーラをゴクゴクと飲み、半分ほどまで減ったあたりで夜空との間にあるテーブルの上に置く。
「まあ、何でも良いんで寝てください。悪魔をブチのめしますので」
「そんな寝ろって言われて寝れたら苦労しませんよ!」
「じゃあ強制的に寝てもらいます」
「あの、分かってると思いますけど。痛いのはなしで!」
「……ちゃんと催眠でやりますよ」
岬はさっと視線を横にそらす。
「じゃあ、お願いします」
「はいはい。寝ろ」
「…………あの」
「あれ? チッ。ちょっと待ってください。いつもの出しますので」
岬がソファから立ち上がり仕事机に向かう。数分程で戻ってくると糸が通された5円玉を右手に握っている。
「古典的すぎません?」
「じゃ、この5円玉をじっくり見てください。いや、違いますね。5円玉の穴から私の目を見てください」
「信じますよ」
「あ、そういうの良いんで」
「…………」
僅かに感じる怒りを呑み下し、溜息を吐きながら5円玉の向こうを見る。
「因みに言っておきますけど。私、世間一般の催眠できないので。変なかかり方しても責任取らないので」
「は……い」
「じゃ、寝てくださいねー」
プツンと死んだかの様に夜空はテーブルに頭から落ちた。
ゴチン。
痛みが走っているはずなのに起きる気配はない。
「私も行きますか……」
岬はテーブルの上にある夜空の頭に右手を翳し「アペルタ」と唱えた。
「ぐっ……!」
快楽に溺れてしまいそうだ。
幸せな夢。
本当にどうかはわからない。
ただ、この瞬間は確かに幸せなのだ。
「夜、空くん………っ」
「ま、待って柳さん、あっ、ああ」
乱れる彼女に思考が埋め尽くされる。
頬を仄かに染める彼女の顔ともう一つ。ニヤニヤと笑う男の姿が。
「あ、あ……イヤァアアアア!!!」
「や、良い夢見てますかぁ? 夜空くん」
夜空に騎乗する金髪の少女を遠慮なしに岬は突き飛ばした。
「夢の中でくらい好きな子は名前で呼んでみたらどうです?」
「よ、よよ、余計なお世話なんですが!?」
「で、君。悪魔ですね? ねえ、サキュバスさん」
岬の視線は裸の少女に向けられている。
「なん、で! 夢の中に!」
「え? いやぁ、それは企業秘密で。私としては君と夜空くんはwin-winだと思うんですけど、どうにもこのままだと彼はリアルだとインポテンツになってしまう恐れもあります」
確かに現実的な問題だ。
「……あの、俺のwinの要素が無くなるんですが」
「気持ちいいじゃないですか」
即物的なメリットと永続デバフ。
選ぶまでもない。
「それで、君。まあ夜空くんは君に見せられる夢は楽しいし、気持ちいいし、素晴らしいけど」
「言ってないです」
「でも、毎日は困るって言ってたんです。私としては別に君が居たほうがいいと思うんですがね。流石に毎日は勘弁してあげてください」
精力的に。
「あの、居たほうがいいって言うのは?」
「んー? 彼女、サキュバスですよ?」
それで。
岬は続ける。
「彼女に他の悪魔から守ってもらいましょう。彼女は君から精力を安定してもらえるし、君は彼女から守ってもらえます。ほらwin-winですよ。それに毎日じゃなくていいなら君だって問題はないはずですし」
「なるほど……」
「あ、これ契約書です」
ペラリと1枚の紙が岬からサキュバスへと手渡された。
「へー」
サキュバスの姿は先ほどまでの金髪の少女の物から全裸の銀髪褐色肌の女性のものとなっている。
これもこれで。
などと邪な思いが出かけている夜空は頭をブンブンと横に振り、頭を冷やす。
「あれ? ちょっ! 待て待て待て!」
「ん、なんです?」
「何、俺の意思を無視して契約しようとしてるんですか!」
「えー、なら一応見ておきます? これ書類なんですけど。でもプライバシーポリシーとか読み飛ばしますよね、高校生って。だから別に良いかな、と」
「…………」
「まあ、不都合あったら言ってくだされば。彼女と要相談の上で契約も変えますし」
「……こっちに不利益は出ないんですね」
「まあ、そこは彼女の匙加減ということです。では宜しくお願いしますね。あ、でも時々定期検診に来てください」
契約が成立したことにより紙は光の粒子となり消えていく。夜空の視界も虚になっていく。
「あ、目覚めましたね? じゃ、帰ってください。お金は貰いますね」
目を覚ました直後に聞いた岬の言葉に、夜空は思わず右の拳を叩き込んでしまうところであった。
藤岬の契約 ヘイ @Hei767
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