第50話 朧気工房
山形県酒田市にやってきた。朝から新幹線に乗り、東京から山形まで約3時間。そこそこの道のりで、どんどん僕の家から遠ざかっていく。
実際に行動を開始するのは明日の朝からだから、今日は何もすることがない。時間を潰すために街へ観光に行くことにした。山形県の名物ってなんだろうか。
○
兵器。
ダンジョンという何かが出てきてから、需要が減少した。戦車とか機関銃とかをぶっ放すより、一人の強い能力持ちがぶん殴った方が強いからだ。
それが現代のダンジョン事情。
だが、それは選ばれた人間だけの事象。
実際に減少したかといえばYESとはいえないが、俺たちの目の前から見えなくなっただけ。貧弱な能力を持っている者は、ダンジョンから溢れ出るモンスターに対抗することは出来ない。
そりゃそうだ。
そのため、弱者が使う武器の需要は目に見えて増えている。訓練した人間だけが使える兵器より、簡単に振るだけで、殴るだけで、血を流させるものは誰だって使いたい。
だから、新しく産業が生まれた。
誰もが使うことできて、モンスターと戦うことができるもの。誰もが使うことができて、ダンジョンを探索することができるもの。巷では第4次産業なんて言われたり、ダンジョン産業なんて言われたりしてる。
その大手。ダンジョンを探索することを夢見てるなら誰もが知っている武器商店。
神出鬼没。霧に包まれたように姿がはっきりしないこの店は、運が良いものしか訪れることが出来ない。故に神秘性と特別性が生まれ、都市伝説のようなブームが生まれる。
第4次産業の第一成功者。
誰しもが探索者へなることを夢見せた者。
その武器商店を【朧気工房】という。
薄暗い空間。とあるダンジョンの中を加工して作られた天然の要塞。椅子が複数あり、天井からぶら下がるランプしかこの空間を照らす道具はない。奥にはたくさんの武器が散らかっており、床にも壁にも、武器、武器、武器、武器、武器。
剣に、刀に、斧に、ナイフに、槍に、鈍器に、鎌に、弓に、チャクラムに、ヌンチャクに、ナックルに、手甲に。
ファンタジーの中でしか見ない武器、歴史の中でしか見えない武器。そんな武器がたくさん溢れた空間に人間が二人。
片方は青色の作業服を着た男性。
歳は若いが、両手についている水疱、作業服の隙間から見える傷、そして右目が潰されている大きめの爪痕。ずっとこの空間にいるためか、肌は白く、隈がよく目立つ。
その男は何もない空間から一振りの刀を生み出しては、刀の出来を見てから消す。何度かその行為を繰り返すと、刀の出来に納得したのか顔を上げる。
「ふつくしい」
柄の模様に、鍔の形に、刃の長さに興奮し、刀の刃に反射したその顔は気持ち悪い。
その男を蔑むように、木製の椅子に一人の少女が座っている。
身長に見合わない白いシャツをダボっと着ながら、手には手榴弾を握り、ピンに指を引っ掛けては離し、引っ掛けては離しを繰り返す。無意識にいじっているようだ。刀を握りながら奇行を繰り返す男性を見ながらも、特に何もせずにいた。
静かな空間の中、男が興奮から現実に帰ってきた。
少女の方を振り向くと、よだれが垂れている顔が露わになる。とても気持ちが悪いと、顔を歪める少女。男は、床に転がる武器を踏みつけないように、慎重に通り抜けながら近づいてくる。ランプの光が反射する美しい刀を少女に差し出し、「何が似合うと思う」と真剣な面持ちで尋ねた。
少女が刀を受け取ると、男の開いた口からは滝のように言葉が流れ、
「刀なんて久しぶりに創造したが、やっぱりこの機能美。流石、日本が誇るロストテクノロジー。完全な想像で作ったがやはり、美しい。あぁ、どうだ。何が良い。刀に炎を纏わせることはどうだろうか、とっってもなロマン。扱いづらいかもしれないが、誰もが見る目を奪われる危険な妖艶さを纏ってしまう。良い、良い!!いや、炎を纏わせるのはありきたりすぎるか。刀という古き技術に自然の力を纏わせるのはビジュアル的に良いが、単体で完成された神の化身に何かを掛け合わせるのは外道か?だからこそ単体のスペックを増やすことが……」
長々しい物言いはいつものことなのだろう。その言葉を右耳から左耳へ通し、真剣に刀と向き合っている少女は、まるで相手にしていない。
刀の中身を、構造を見透かすように見た後に、刃をゆっくりとなぞる。
「何にしたんだ」
少しだけ落ち着いた様子で訪ねた男に振り向くこともせず、少女はダンジョンの壁へ刀を一振り。初めて刀を振った不恰好な姿とは裏腹にダンジョンの壁は、
男から乾いた笑みが溢れる。
少女は口を開いた。
「お客さんから、要望は受けていた」
「そういやそうだった」
奇行を繰り出しながら、男は少女に近づく。
少女は刀を男にぶん投げて、床に落ちている手榴弾を手に取る。男の顔に刀が直撃しようとして、空中に静止した。
「気持ち悪い動き、やめてね」
小さいながら、はっきりとした言葉が聞こえる。
「……死にかけたぜ」
空中に浮かんだ刀を手に取り、また顔を気持ち悪く顔を歪める。
「それ、お客さんに頼まれたもの。汚さないでね」
全くと言って聞いてない。
床に転がっている手榴弾を集めながら、部屋の奥に向かう少女。床に置いてある武器を蹴飛ばしながら、暗闇に溶け込んでいく爆弾少女。
少女が奥に向かい、遂に見えなくなった。
それと同時に、入口の空間が歪んだ。薄暗い空間がねじれ、廻り、また別の少女が出てきた。赤を基調とした着物にそれを覆いかぶすような茶色い外套。首元からぶら下がっている小刀を右手で持っている麗しいその姿とは裏腹に瞳の奥には鬼が宿っている。
「あら、いらっしゃい。希望通りのものを作っといたよ」
刀を持っていない手に鞘が現れる。
「……どうも」
それを少女の手に渡す。少女はポケットから封筒を取り出し、男に渡す。
封筒の中身を確認する男を目にくれず、刀を構える姿は、まさしく熟練した剣士だ。何回か、空を切るように振り、切れ味を確認し、鞘に収めると、首にかけていた小刀を一振りして消えていった。
「しっかりと入っている、と」
封筒の中に入っていたお金を保管しておこうと、奥の暗闇に向かっていった。
メシアからも探索者からも注目されるその男の名は、絶対を誇る兵器、垣間修一。誰からも存在が知られず、朧気工房を朧気工房たらしめる、なんでもありの魔法使いアリサ。
世界の勢力図を1日足らずで変えてしまうほどの力を持っているこの二人が、これからの重要人物であることは間違いない。
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