第42話 岐路

 ショックのあまり放心状態のティアを、チェイスは抱き起こした。エアはそんな二人を促して部屋を出ていこうとしている。黒ずくめたちはハッとしたように少し遅れてその後を追おうと駆け寄るが、ルーファスがその一人の背後から襲いかかり、腕できつく首を締めた。


 大柄なルーファスに締め上げられて、男のつま先は床から離れる。もうひとりが動揺して腰の銃に手を掛けるが、ほんの一瞬だけネイサンのほうが早かった。ルーファスに頸動脈を圧迫されて脱力した男の銃を抜き取り、狙いを定めている。ルーファスが男の首を放すと、ドサリと膝から床に崩れた。まだ腰に手をやったままのもう一人の黒ずくめに低く告げる。


「その銃を置いて、こいつを連れて出て行ってくれ。話は聞いていただろう。君たちには君たちの家族がいるはずだ。彼らを安全な場所へ誘導して大人しくしていてくれ」


 そしてそのまま視線をエアに向け、ニヤリと微笑んだ。


「俺たちとお前の問題だ、エア。ここの連中は外に出ることもできない。放っておいてもそのうちに死ぬんだ。そうだろう?」


 チェイスもルーファスの言葉に続ける。


「そうだエア、僕たちの国は僕たちで作り上げればいい。彼らは手出しできないんだから気にしなくていい。そうだろう? さあ、君の王国に僕らを案内してくれ」


 エアは、しばらく考えるような素振りを見せた。意識を取り戻した黒ずくめたちは沈黙したままそんなエアと、ルーファスらの様子を見てしばらく迷っていたが、やがて決心したのか腰の銃を床に置いて、足元のふらつく仲間を支えながら立ち上がる。ルーファスは銃を拾い上げ、二人に早く出ていくよう促した。彼らが仲間たちを避難させるだろう、そして彼らの王が正気を失ったことを告げるだろう。


 部屋を出ていく二人に道を譲ろうと、ルーファスが一歩下がったその瞬間、乾いた破裂音が二度、鼓膜を割くように響いて、ルーファスらは思わず体を低くして襲撃者を探す。目の前に黒ずくめたちが重なるように倒れ込み、ルーファスが二人の体に手を伸ばすと、エアがつかつかと歩み寄り、無表情のまま二人を見下ろして、更に二発ずつ、撃ち込んだ。


 咄嗟にルーファスは銃を構えエアに狙いを定める。エアは眉一つ動かさないまま、体の向きを変え、今度はルーファスに銃口を向けている。ルーファスは茂みを飛び出すウサギのように素早くエアの射線から抜け出す。再びの銃声と同時に、たった今までルーファスがいた場所の壁に弾が食い込んだ。遅れてもう一発、今度はルーファスの銃から発砲された弾丸が、エアの右肩を掠めた。


 一瞬の間に、男が二人死に、さらに銃弾が二発飛び交った。その地獄のような状況で、ティアは両手で耳を塞ぎながら部屋の隅にうずくまって震えていた。肩を撃たれ、銃を落としたエアは、よろけて尻もちをつく。ルーファスとネイサンは体勢を整えながら、その狙いをエアからほんの僅かも外さない。


 そんな張り詰めた空気の中で、チェイスは——チェイスも銃を構えていた。彼の銃はルーファスに狙いを定めている。ルーファスはただ黙ったままでチェイスの瞳をまっすぐに見返す。


「撃って! そいつを撃ってよ!」


 エアが半狂乱で叫ぶ。まるで子供が駄々をこねているようだ。早く撃てと喚くエアの声を背中に聞きながら、チェイスの指は引き金に掛けられたまま、動かない。ルーファスはただ黙ってそんなチェイスを見ているだけだった。


「何してるんだ! チェイス! はやく殺して!」


 エアがさらに叫ぶ。自分はいま、兄に銃口を向けている。チェイスの頭の中にはエアの声が囁いていた。ティアに相応しい相手とは? ルーファスがいなければティアは自分のものに? いつかはティアも分かってくれるかもしれない——


 ネイサンが、二人の兄弟の間に割って入る。


「お前、俺たちを撃つっていうのか? ティアの目の前で?」


「僕だってそんなことしたくない。——頼むよネイサン」


 今までただ黙ってチェイスを見つめていたルーファスが口を開く。


「チェイス、本気なのか?」


「ああ、本気だよ兄さん。二人とも銃をこっちに寄越してくれ」


「チェイス冗談だろ、こんなイカれたサイコ野郎の言いなりになるのかよ。そんなんでティアが幸せになれるって、本気で思ってんのか?」


 足を止め、わずかにネイサンを振り返りながらチェイスは答える。


「悪いな、ネイサン。酷い真似はしたくないんだ。おとなしく言うことを聞いてくれ」


 チェイスのその答えにネイサンは更に苛立ちを募らせたが、チェイスの声色は暗く冷えた決意を湛えていて、それはネイサンの抗議を静かに拒絶していた。微かに顔を俯けたままのチェイス。ルーファスはそんな弟にはたとえ罵声を浴びせても、殴りかかっても、その決意を覆すことは不可能なのだと感じた。


 諦めてネイサンから銃を取り、自分の銃と合わせてチェイスに差し出す。チェイスはそれを受け取ると弾倉を抜き取ってポケットに入れ、空の銃を机の上に置いた。ティアを抱え起こし、エアに続いて部屋を出ていくチェイスに、すれ違いざまルーファスは一言だけ小さく呟く。


「……ティアを泣かせるなよ」


「……わかってる」


 そう言葉を交わし、チェイスはエアとともに部屋を出ていった。子供部屋へ向かったのだろう。

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