第37話 真相
「エアは、ティアとチェイスの二人をこの地下世界に取り込もうとしています。そして二人の子供を新たな世界の支配者にしようとしているのです」
アルトマン医師の話はあまりにも唐突で、ルーファスら森の住人にはにわかに理解し難いものだった。
「たとえ二人がここに残って暮らすことを選んだとしても、支配者だなんだと言う話に同意するとは思えないが」
ルーファスがそう言うと、医師は驚くべき言葉を口にした。
「そうです。二人がエアの歪んだ野望に同意するとは思えない。……おそらくエアはあなた方を人質にして二人を脅し、意のままに操ろうとするでしょう」
「俺たちを?」
ネイサンが呟き、そんなことなら、と続ける。
「俺たちならきっとここから脱出してみせるさ、あんただって協力してくれるだろ? 俺たちさえ無事に逃げ出せば、ティアとチェイスだってあんな奴の言いなりになんかならないさ。そうだろ?」
そう言ってルーファスとグウェンを見る。ルーファスは腕を組んだまま黙って何かを考えている。アルトマン医師は憔悴しきった顔で俯いたままだ。少しの沈黙をはさんで、グウェンが静かに口を開いた。
「……あの感染症、あれは偶然じゃないんだね?」
暗い地下の部屋にグウェンの声が響き、やがて再び沈黙が戻る。ネイサンは目を見開きグウェンを凝視する。アルトマン医師は静かに目を閉じ、苦しげに頷いた。
「……どういうことだよ……偶然じゃないって……」
「あの感染症は恐らく、あなた方との接触を図るためにエアが指示して意図的に引き起こしたものではないかと」
「俺達があんたらに助けを求め、そして最終的には再び同じことをするとほのめかして、ティアとチェイスを脅すためか」
ルーファスが低く呟く。ネイサンは椅子を蹴って立ち上がり、アルトマン医師に掴みかかる。医師は抵抗もせず、ネイサンに胸ぐらを掴まれ激しく罵倒されるままに項垂れている。
「ネイサン、やめな! ドクターがそれに賛同したわけじゃないことくらいお前さんにだってわかるだろう。だからこそドクターはここにいるんじゃないか」
グウェンに鋭くたしなめられ、ネイサンは医師の襟を掴んだまま、行き場のない怒りに唇を震わせる。ルーファスに肩を叩かれてようやく手を離し、力なく床に座り込む。
「とにかく、俺たちはここから出なければどうにもならない。ドクター、あんたにも覚悟を決めてもらう必要がある」
ルーファスはそう言ってアルトマン医師をまっすぐに見据える。グウェンも医師を黙って見つめた。
「我々は地下で息を潜めて暮らすべきだった。——あなた方のような本当の希望の光をここで消すわけには行かない。私はこの地下ではもう用済みのようです。あなた方のためにできることが有るならそれを全うして死にたい」
「ドクター、あんたを信じよう。協力して欲しい」
アルトマン医師は、この地下の
「まだ生きていればいいのですが……」
そう言って入り口にあるカメラを覗き込んだ。虹彩でドアのロックを解除する装置らしかった。この地下施設で何度も目にしたものだ。問題はアルトマン医師の権限が残っているかどうかだった。息を詰めて見守る四人の前で、その装置はピッと小さな音を立て、ドアが解錠される鈍い音が暗がりに響いた。
「よかった。どうやら私のことはまだ警備チームにまで伝わっていないようだ。だがそれも長くはないでしょう」
医師の言葉にルーファスは頷く。四人は部屋に入ると中の設備を確認する。アルトマン医師はデスクの上のPCを確認し、この地下施設全体の図面にアクセスした。ネイサンはそれを見て大まかな構造を理解する。
「ここは地下だから、換気のためのダクトとそのメンテナンス用の通路が多いな。ほとんどすべての階を網羅してる。……ドクター、この施設の外の地図もあるか?」
「ああ、あるはずです。ちょっと待って——あった、これだ」
「さっきの図面の、この排気口はここに繋がってるのか?」
「そうですね、北側の外れに出ると思います」
エアが四人の処分を決めるのにそう長くはかからないだろう。医師を粛清したことはまだ一部の人間しか知らないようだ。今のうちに脱出するしかない。ルーファスの決断は早かった。
「ドクター、あんた家族は?」
ルーファスは医師に尋ねる。アルトマン医師は意外な質問に驚いた様子だったがすぐに首を振って否定する。
「——いいえ。妻はずいぶん昔に亡くなりました。子供もいません」
「そうか。気の毒だが俺たちには好都合だ。家族を説得している暇はないからな」
ルーファスは冷然とそう言い放ち、アルトマン医師は黙って頷いた。
「ティアとチェイスの居場所に心当たりはあるか?」
「チェイスはエアの私室か、もともと使っていた部屋にいると思います。……ティアは医療区画にいる可能性が高いと思います」
「医療区画? ティアはどこか悪いのか?」
「いいえ。……恐らく卵子を採取されているのではないかと」
それを聞いてルーファスとネイサンが色めき立つ。怒りを隠さないその表情に、グウェンが静かに言い聞かせる。
「落ち着きな。別に体を切り刻もうってんじゃないよ。ティアは無事さ。そうだろ、ドクター」
「ええ。誘発剤で排卵したものを採取するだけです。傷つけたりはしません」
まるで木の実でも取ってくるような、そんな無感動さで命を扱っている。その違和感が拭いきれない三人は、それ以上追求するのを諦めた。ティアが無事でいるならひとまずはそれでいい。今は一刻も早く二人と合流してこの地下世界から脱出しなければならない。
アルトマン医師の案内で、普段は住人が立ち入ることのない、壁の外側の通路に出た。図面を見ると、換気用のダクトは壁の外側や天井の上など、居住スペースの周りを毛細血管のように取り巻いている。
一部の人間しか知らないという最深部、
地下での暮らしは不自由さだけではなく、そんな綱渡りのような危うさを孕んでいた。話を聞いてルーファスはますますこの地下世界にティアとチェイスを残していくことはできないと考えた。
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