第28話 疑惑

 一通り話を聞き終わった後も、ルーファスは特に何も言わなかった。二つの集団の共存については、やはりオーウェンたち以外の人々の感情も無視できない。長い時間をかけて理解と信頼を築くよりほかにないだろう。ルーファスがエアに伝えられるのはそれだけだった。だがエアが提案した今後の協力関係は、無視できない魅力がある。彼らの持つ科学技術は有用だし、中でも子どもたちの教育と医療の向上は今すぐにでも取り組みたい課題だ。


 これからもこうして会談の機会を持ち続けること、ひとまずはその点で合意して、今回の成果とすることとした。その後ルーファスらはしばらく地下に滞在することになった。その間もグウェンは毎日のようにアルトマン医師の診察室を訪れ、いくつかの医学書や点滴、手術の道具を譲り受けた。何よりグウェンが喜んだのは抗生剤と麻酔薬だった。芥子けしの実から得る不安定な麻酔は多くの場合、患者を苦しめた。これでほとんどの怪我や軽度の感染症治療の精度が上がる。


 五人はそれぞれ々地下施設のあちこちを見学して過ごしていた。グウェンとネイサンは毎日同じところへ通い詰め、ルーファスは、ティアとチェイスが見たのと同じ水耕栽培や屋外の莫大な穀物畑などを見学して回るとその規模と効率に驚き、酪農と農業に関心を示した。チェイスはエアのもとで人口一万人余りの生活環境整備と自治についてを学んだ。


 屋外の巨大な繁殖場で育てられているのは、主に牛と豚、そして鶏だった。改良を重ねたそれらの家畜は異常に肥大していた。昨年の秋に発見した豚と同様、とても太っており、その多くは藁の敷かれた床にうずくまって動かなかった。ただ床に体を横たえ、ときおり首を伸ばして餌を食べる時に微かに動くので、眠っているわけではないのだと分かる。

 鶏たちは一羽ずつ箱のような狭い仕切りにはめ込まれるようにして入れられ、それが壁一面に並べられていた。


「ここは餌を食べる部屋なのか?」


 死体のように動かない豚や、レンガのように積み上げられた壁一面の箱に入って並んだ鶏、柵に閉じ込められて身動きの取れない牛を見て、ティアは防護服の男に尋ねた。


「いいえ。鶏は産卵するようになるとここに入れて育てます。産まなくなれば処分します。豚もここで体を大きくして、一定の大きさになれば解体します」


 その声には何の抑揚もなく、ティアが図書館で聞いた本を読み上げる機械の声のようだった。


「では、歩き回ったり、眠ったりする時はどうするんだ?」


 ティアが更に尋ねると、男は怪訝な顔をして一瞬考えてから答える。


「歩きませんよ。――豚や鶏は肉や卵を取るためのもので、馬のように乗って走る動物ではありませんからね。歩かせる必要がないでしょう」


「まさか、この鶏はずっとこの箱の中なのか?」


「はい、そうです。管理しやすく効率的ですので。豚もほとんど立ち上がることはないです。脚が体重を支えられませんから」


「あなた方はこの動物たちを、守るためでなく殺すためにここへ閉じ込めているのか?」


 ティアは、信じがたい予感に顔をしかめながら男に問いかける。ティアの表情と口調に、男は困惑したように肩をすくめて見せ、子供に言い聞かせるように言った。


「質問の意図がわかりませんが、これらは肉や卵のなる木と同じですよ。効率よく大きく育て、時期が来れば収穫します。木が動き回っては非効率でしょう」


 これ以上は勘弁してくれと言わんばかりのその返事は、ティアの心臓に楔を打ち込まれたような衝撃をもたらした。ティアは驚きのあまりその歩みが止まった。ルーファスも驚いて言葉もなく防護服の男を凝視していた。


 家畜の飼育場の見学を一通り済ませたルーファスとティアは部屋に戻った後もなんとも言えない違和感を消し去ることができずにいた。





「ルーファス、おかしいと思わないか」


 ルーファスの部屋で、ボトルの水を一口飲み、ティアが切り出す。


「さっきの家畜のことか? 肉のなる木だと言っていたな」


「ああ……ここの人間は、なんだか、まるで人形みたいじゃないか?」


 ルーファスも、自身が感じる違和感を口にした。


「……確かにな。ティア、気づいたか? ここの警備をしている男、三人同じ顔をしてるんだ。それに、食事を運んでくる女、あれも一人かと思ったが、同じ顔の別人だ」


「兄弟か何かか?」


「いや、そんなもんじゃない。髭や髪型で始めは気づかなかったが、まるっきり同じ顔をしてる。お前とエアみたいに。双子や三つ子なんてそう滅多にいるもんじゃないだろう。何か変だ」


「そうか……みんな人形みたいに生気が無くて、そのせいで区別がつかないんだと思ってた。実際同じ顔をしていたなんて」


「ああ、どこかおかしい。……ティア、兄貴から何か聞いてないのか」


「エアから? いや、何も聞いてない」


「そうか。とにかく、お前には悪いがまだまだ得体の知れない連中だ。慎重に見極める必要があると俺は思う」


「……そうだな。それがいい」


 ティアは心の中で自分と同じ顔をした双子の兄、エアの事を考えた。ティアには、他人よりもずっと遠い存在に思えて仕方ない。幼い日の思い出、笑い顔も泣き顔も、何一つ知らない同い年の家族。その彼が一体何者なのか、ティアにもまるで見当が付かないのだった。


 そんな得体の知れぬ違和感を抱えたまま過ごすティア達だが、違和感が疑惑へと変わり始めたのは、部屋での会話を聞かれているかもしれないと言うネイサンの言葉だった。ネイサンは訪れて以来、暇さえあれば警備担当の男に付いて回って、彼らの武器や監視システムをあれこれと見て回り質問した。そのしつこさに辟易した男がついに一度だけ監視チームの司令室に立ち入ることを許したのだ。


 ほんの数分の短い滞在だが、そこでネイサンは数え切れないほどのモニターに、地下のあらゆる場所の監視カメラの映像が映し出されているのを見た。家畜の様子もこのカメラから二十四時間監視しているのだという。そのモニターの一部に、見慣れた部屋があることにネイサンは気づいた。

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