第27話 訪問

 翌早朝、まだ薄暗いうちにシェルターからの救援物資と医師らが到着した。入り口に乗り付けた黒い車から次々と降りてくる人物は、初めてティアが見たときと同じ黒ずくめのマスクと、白ずくめのマスクだった。その異様な光景に、出迎えたものは一様に顔を見合わせざわめいたが、白い防護服の人物がオーウェンとティアの前に進み出た。


「あなたがティアですね。――こちらが父上?」


 そう言ってオーウェンに視線を向ける。


「そうだ、私の父のオーウェン。その隣が一番上の兄、ルーファスだ」


 防護服の男は頷いて、オーウェンに右手を差し出す。


「こんな格好で申し訳ないがご容赦願いたい。私は医師のアルトマンです。そして彼らは看護師と護衛です。中に入るのは我々六名、護衛は建物の外に待機します」


 オーウェンは差し出された右手を掴んで頷く。


「協力に感謝する。患者のところへは彼女が案内する」


 そう言ってオーウェンはグウェンを彼らに紹介した。


「では早速始めましょう」


 アルトマン医師がそう言って、グウェンが彼らを症状の重い十二名のもとへ案内した。


 重症の十二名から採取した検体はおよそ二時間ほどかけて検査された。その間、出血のひどい者には輸血や投薬など対症療法がとられた。検査の結果ウイルス性の感染症であることが判明し、すべての患者に投薬が開始される。丸一日をかけて、重症患者への治療と、その家族へのワクチン接種が施された。残りの者たちも全員ワクチンを打つことになり、それは翌日以降ティアたち総出で行うこととした。


 シェルターの医師たちは外に長く滞在できないので、また二週間後に診察をしに来ることで合意し、グウェンのもとには医療品や輸血用の血液、薬品などが大量に預けられた。そして慌ただしい一日が終わり、日付が変わる頃に彼らはシェルターへ帰っていった。


 レイチェルも投薬と点滴の効果が顕著に現れ、ひどい脱水と発熱は夜には収まった。数日ぶりに意識がはっきりしたレイチェルとオーウェンはいくつか言葉を交わし、オーウェンはレイチェルの手の甲に強く口づけ、レイチェルは彼の髪を撫でた。そんな二人を見ながらティアたち兄弟はそっと部屋を後にする。


 その後は重症者たちも日に日に回復し、一週間を過ぎる頃には、ケイトが両親らと畑の周りを散歩している姿を見せるようになった。レイチェルもようやく皆と一緒にテーブルについて食事が摂れるようになり、再び以前の日常を取り戻しつつあった。




 アルトマン医師が再訪する二週間目までには全員のワクチン接種も終わり、嵐のような疫病も収束を迎えた。エアは地下施設へのオーウェンの来訪と会談を望んだが、レイチェルのこともあり今回はルーファスが代理として赴くことで同意し、医師らの来訪に合わせて、ルーファス、チェイス、ティア、グウェン、そして本人の強い希望でネイサンの五人が地下シェルターへ向かうこととなった。


 約束の二週間を迎える朝、再びアルトマン医師らと護衛の男たちが車でやってきた。療養中の患者たちを診察し、追加の薬品の提供と、ティアたち五人の血液検査を済ませてシェルターへの訪問の準備を整えた。


 ティアたちはいつも通り馬で向かうことにし、グウェンとネイサンは車に同乗した。飛び込むように車に乗り込み、興奮して早口に感想を叫ぶネイサンを程々に聞き流し、三人は久々の遠乗りを楽しんだ。


 遮るものもない緑の草原を、馬たちは楽しげに駆け、黒い車は四台列をなして静かにその後を追う。やがて草の海の中に例の柱と屋根が現れ、車はその中央で停車した。

 

 三人と、それぞれの馬たちもそれに倣ってコンクリートの床に蹄の音を響かせる。やがてゆっくりと彼らは地中に吸い込まれるように沈んでいき、後にはまた緑の草原だけが残った。


 地下に辿り着いた一行は、ティアとチェイスのときと同じく体の隅々まで洗浄され消毒されたあと、滅菌処理された服を身につけた。ティアから話を聞いていた三人は戸惑いはしたもののスムーズに一連の洗礼を受け、エアの執務室へと案内された。広い部屋でソファーに腰を下ろす。ネイサンはあれこれ触りたいのを我慢しているようだった。


 しばらくして先触れののち、静かに開いたドアからエアが姿を見せる。立ち上がって迎えた五人のうち、三人はそれとはっきり分かるほど、息を飲み驚きを隠せなかった。


「初めまして、ようこそ地下へ。僕がエアです」


 三人に順に手を差し出しながら、エアは美しく左右対称の笑顔を浮かべる。ルーファスたちはそれぞれ握手を交わし、エアに促されて再びソファーに腰を下ろした。まず最初に切り出したのはルーファスだった。


「今回の援助には感謝している。父に代わって礼を言う」


「お役に立てて何よりです。――あなたがルーファスですね? ティアの話の通り、立派な次期リーダーとお見受けします。お母様はその後いかがですか」


「おかげでほぼ回復している。生活にも支障はない」


「そうですか、それは良かった」


 和やかに顔合わせを済ませた後、グウェンは病院施設へ、ネイサンは迷いに迷ってまずは警備担当の監視システムを見学することになった。ティアたち三人はエアの部屋で終末前後の人類の記録や、シェルターへの避難計画の全容などを改めて聞かされた。方舟の住人たちも順風満帆とは行かず、その致命的な弱点が、彼らの科学技術をもってしても克服し難いものであることを知った。


 ティアとチェイスがその話を聞かされた時と同様、ルーファスも複雑な面持ちでエアの話に耳を傾けていた。あなた達は、残された十数億の人々の犠牲をどう思っているのか、見捨てられた我々の暮らしがあなた方のように安穏であったと思うのか、と。だがそれは決してルーファスの唇から漏れ出ることのない静かな葛藤なのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る