第24話 楽園 2
地下施設での日々は、ティアたちを大いに驚かせるものだった。地下の栽培工場では栄養価の高い植物が水耕栽培によって安定して生産されている。薬品の製造も行われ、彼らはあらゆる感染症から身を守る術を確立していた。美術品や書籍など文化的な資産も状態良く保存されており、彼らの教育水準は高い。そして巨大な地下施設は、余すところなく空調が完備され、常に清潔で快適な気温と空気が保たれている。
二人は、ときおり馬たちの放牧とともに草原へ出て羽を伸ばした。用意された食事は味気ないものだったがそれでもクマやヒョウに怯えずに草原で過ごすピクニックにティアははしゃいだ。
ある時はエアに誘われてティアは車の運転を習った。一時間ほど黒ずくめの男に操作を習うと、ティアは一人で車を走らせるまでに上達した。ただし、バックで操作するセンスは持ち合わせていなかったようで、何度挑戦しても、指示された場所に後ろ向きで車を停めることが出来なかった。
エアは助手席でそんなティアを見て、僕と一緒だと言って声を上げて笑った。チェイスもつられて吹き出したので、ティアはチェイスを無理やり運転席に座らせて腕を試した。すると、今までティアの様子を見ていただけのチェイスは驚くことに難なく車を発進させた。そればかりか指定されたコースをティアより速いタイムで走り抜け、最後には
また、雨の降る日には図書館へ行き、数百年も前の紙の本が綺麗に保存されているのに驚きながら、二人は何冊もの本を読み
二人の部屋は目と鼻の先だったので、毎日のようにティアはチェイスの部屋を訪ねていき、読書や覚えたばかりのゲームをして、朝までチェイスのベッドを占領するのもしばしばだった。
そんな平和で安全な毎日を過ごすうち、ティアはふとレイチェルやオーウェンのことを思い出した。二人にもこんな穏やかな毎日を送ってほしい。グウェンはどうだろう、ここに来れば見たこともない手術道具や新しい薬も手に入る。きっと喜ぶはずだ。ネイサンだって、大好きな機械を好きなだけいじって、最新の武器にだって触れられる。――ルーファスは、彼はなんと言うだろう。美しい馬たちを見て喜ぶだろうか。それともチェイスのように車を操る才能があるかもしれない。ティアは仲間の皆と再び家族のように暮らす夢を見た。
ティアとチェイスは、地下での暮らしを気に入った。ティアたち遺跡の住人は屋外でも過ごせる。気の毒な方舟の住人のような暮らしの制約は少ない。自由に動ける強靭な肉体に、科学と医療がもたらされれば、それは理想的なのではないか、二人はそう考えた。
それにティアにとっては生まれて初めて出会った肉親もいる、チェイスもいずれパックを出て独立することを考えれば、新天地での暮らしは悪くない。二人にとってはむしろ好ましい環境と言えるだろう。互いに協力しながら暮らしていくのが理想的だと思い始めていた。
シェルターで過ごし始めてひと月ほどのある日、ティアとチェイスは一度仲間の元へ戻ることをエアに提案した。エアは快諾し車を出すと言ったが、突然車で現れれば仲間たちを驚かせてしまうと、二人は来たときと同じく馬で行くことを選んだ。
施設周辺の地図と無線の
その晩の夕食後、ティアはチェイスの部屋で過ごしていた。いつものようにソファーで寛いで本を読んでいたティアだが、その様子を見ていたチェイスがティアの隣に座る。ティアはハッとして手から滑り落ちそうになった本を慌てて掴み直す。
「さっきから全然進んでないね」
チェイスに言われてティアは、進まない読書を諦めて本を閉じ、小さなコーヒーテーブルに置いた。
「皆の元に帰るのが不安?」
チェイスは右腕でティアの肩を抱き、あやすように優しく撫でる。ティアはゆっくりと息を吐き出すと、チェイスの肩にもたれるように頭を預ける。
「……黙って逃げ出してきたのを、オーウェンはどう思っただろう」
「誰も、ティアが逃げ出したなんて思ってないよ。父さんには僕たち二人で例の豚やドローンの調査をするって言ってある。……実はあの手紙、父さんたちには渡してないんだ」
ティアは驚いて目を丸くする、首を捻ってチェイスの顔を見ると彼は申し訳無さそうに微笑んでいた。そして、ティアの髪を軽く撫でると、だって、と続ける。
「あんな思い詰めた、
チェイスの機転のおかげで、どうやらティアは家出少女ではなく、先行調査のための不在ということになっているらしい。それでもティアは自分の勝手でパックを抜け出したことに後ろめたさを拭いきれなかったが、いくらか気持ちが楽になったのも確かだ。
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