第5話 囚われのアキラ

「誰に攫われたのか…覚えているか?」

ジェルフは穏やかに問いかけた。

「誰かは分かりません…男の人に捕まって馬車に放りこまれて…気がついたら牢屋みたいなところにいて…」

過去のアキラはよほど凄惨な目に遭わされたのであろう。乱れた呼吸を整えようとしてか、冷ややかな手錠をさすっている。

 「アシュリー、外せるか?」

「う〜ん…錆びちゃってるしぃ…壊しましょうか!」

アシュリーはそう言うと、ドリルのようなもので手錠と足枷を削り始めた。


「あ、ありがとうございます…」

この怖さが誘拐のせいなのか、手足ギリギリのところでドリルがフル回転してるせいなのか、もはや分からねぇ…それよりもまず気になるのが…

「なんでいきなり手錠が出てきたんすかね…」

「おそらくだが、お前は何者かに誘拐されたのち、ちょうど今の年齢になるまで奴隷として扱われていたのではないか?」


ジェルフの一言により、アキラは別の意味で血相を変えた。

「大人になるまで囚われてるんすか!? 助けが来なかったら…ずっとあんな日が続くんすね…」

教会の椅子に腰かけ、複雑そうな表情を浮かべるアキラ。

家臣たちは顔を見合わせた。彼らはこのようなときに掛ける言葉を知らなかったのだ。


「愚か者が…そんなわけがないだろう?」


魔王ジェルフはアキラの前にしゃがみ込み、目線を合わせてそう言った。

「そもそも、大人になるまで奴隷だというのはの話だ。犯人を見つけ出して、子どもも盗まれたものも取り返す。それだけのことだ」

仮面越しとはいえ、ジェルフの瞳は完全にアキラの目を映していた。

「そうよぉ! チビアキラくんを助けたらいいだけの話!」

「だよね! 難しく考える必要なんてナイナイ!」

「まったくお前さんも臆病モンだなぁ!」

ジェルフの言葉を皮切りに、家臣たちは思い思いに励ました。

「そうっすよね…なんか、助けようと思ったら気持ちが軽くなった気がします…!」

アキラは元気を取り戻した。

「手足も自由になったし…そうと決まれば一刻も早く子どもの俺を…」


「ところで、アキラくんはどこに連れていかれたのかしらぁ?」


アシュリーは一番重要なことを聞いた。

「よく覚えてないんすけど…え〜っと…」

どうなったんだっけ…あっ!

「湖があったような気がします!」

「湖?」

「はい。森の中をずっと走ってたら湖が見えてきて、湖のほとりに、大きな家が建ってました!」


森と湖。その条件を満たす最寄りの場所といえば…

「ギシュターヌ湖か?」

「かもしれませんな。あそこにゃあ深い森もあるし…」


 アキラのひねり出した証言により、一行は教会を出て郊外へと馬車を走らせた。10分ほどが経ったところで、例の森が見えてきた。

「ここから先は舗装がされていない。衝撃に気をつけろ」

ジェルフの言うように、森へと続くは不安定な砂利道だった。

「うん…こんな感じですごくガタガタしてた…」

アキラはぶつぶつと呟いている。

 今にも森を抜ける頃、魔王たちの目に飛び込んできたのはコバルトブルーの水面だった。

「広い湖っすね…あっ! ほらあそこ!」

 アキラが指し示した場所は水平線の見えるあたり…そこには森に隠れるようにそびえる洋館があった。

「アキラ。男に捕まったと言っていたが、あの屋敷には何人の人間が住んでいた?」

「たぶんだけど、その男だけっすね」


そう、俺に雑用やら何やらをさせてきたのはあの野郎だけだった…

 「よし、このまま屋敷まで接近するぞ」

屋敷の隣に馬小屋があったけど、そこに馬はいなかった。男は留守なのか?

「どうします? このまま入りますか?」

正面玄関に来て、とりあえず魔王に任せることにした。

「ああ…『ゲート』」

「おお…不法侵入し放題っすね」

「し放題ということはない。結界が張られていると厄介だが、この屋敷にはそれがなかっただけだ」


 「そうなんすね。えっと…牢屋みたいなところに閉じ込められたんで、もしかしたら地下室があったりして…」

アキラたちは1階にそれぞれ散らばった。イギーはキッチンに、チェリーは風呂場に、アシュリーは寝室に、そしてアキラとジェルフは書斎らしき部屋に入った。

壁紙の裏、キッチンの戸棚、カーペットの下など様々な場所を探したが、地下室に続く扉などは見当たらなかった。


「アキラ、お前が捕まったのは本当にこの屋敷なのか?」

俺は冷や汗をかいた。確かにこの屋敷だったはずなんだけどな…

「屋敷のデザインとか屋根の色とか、間違いなくここのはずなんすけどね…肝心の牢屋がどこにもないな…」

書斎に立ち尽くす俺と、腕組みをする魔王。

ここで俺は、ありきたりだが最後の砦みたいな考えを出してみた。


「もしかして、この本棚がドアだったりして…」

「本棚が? 地下牢の?」

「ほらあの…映画とかであるじゃないっすか…本棚かと思ったら隠し扉でした的な…」


アキラは苦笑いをしつつも、部屋を入って左側に備えつけられた本棚に手をかけた。


「本棚のふちを掴んで…なんて、重すぎて動かないだろうけど…あはは…」

あれ…?


「動いた…」


ドアじゃん…外開きの…

「ドアだな」

ドアじゃん!?

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