第3話 街に向かって

 結局…割とガッツリ食っちゃったな。目の前に座ってた銀髪の魔法使いがやたらと皿に盛ってくれて…うん、食いすぎた。

「今夜はアタシの部屋で寝てもいいのよぉ?」

「…いえ、それはちょっと申し訳ないっていうか…」

「ならば私の部屋に来なさい」

転界してきたときと同じ状況になったわ。

「…明日はどんな予定で動くんすか?」

「街の中でも特に人の多い、シーランプ区域をあたってみようと思っている」

…魔王? 俺の隣で寝てるぜ? 修学旅行かバカヤロー!

「子どものときの写真がスマホに入ってるんで、探すときに使いましょうか?」

俺が持ち歩いていたスマホは圏外だけど、写真は見せられるらしい。

「すまほ…おお! 確かに昨日みた子どもと同じ顔、同じ背丈だな!」

スマホを見るのは初めてなのか? 大物を釣り上げてドヤ顔をする俺に釘付け状態だ。

「これを街中の人に見てもらって、それから…」

「アキラ、詳しい日程は明日話す。朝、起きられなくなるぞ。早く寝よう」

修学旅行の次は遠足ですかまったく…


 「アキラ、起きなさい」

空は相変わらず薄紫色だが、真っ黒な小鳥がさえずっているため辛うじて転界人にも朝だと分かる。

「…ん…早くないっすか?」

魔王はすでに起きていて、ローブに腕を通す姿をアキラはぼんやりと見つめている。

「あと20分で正門に集合だ。これを着なさい」

魔王はそう言うと、カジュアルなそれを寝ぼけたアキラに放り投げた。

「顔に投げつけないでください…ほ〜う? 魔王のクローゼットにも庶民的な服はあるんすねぇ…」

生地は通気性に長けた亜麻色のもの…紅色の刺繍が首元を一周している。ボトムスは焦茶色だ。

「この世界ではもっとも平均的な服装といえるだろうな。その服はもともと奴隷に着せていたんだが、やはり奴隷には服など必要ないということで剥ぎ取ったのだよ、ハッハッハッ!」


いやなんにも笑えないんだけど…奴隷いんの? 全裸なの? 奴隷のお古をこれから着るの!?


 「それとだ…これからは『これら』を身につけていろ」

魔王が手渡したのは角笛のぶら下がった首飾りと赤い宝石の指輪だった。

「この2つはあくまで護身用だ。この角笛は我々家臣にしか聞こえない。何かあったら吹くんだぞ?」

「…この指輪は何に使うんですか?」

魔王の瞳のような真紅の宝石。それを、長い爪で掴むように加工された黄金の指輪…

「この指輪をはめていればランダムに攻撃魔法が出せる」


「ランダムに?」

「そうだ。いいかアキラ? 魔法には鉄則が2つある。1つは出したい魔法をじっくりとイメージすること」

「もう1つは?」

「我々に忠誠を誓うこと…」

「あ、そういう話はもっと騙しやすい人に…」

「嘘ではないさ。とある工房で腕の立つ職人を見つけてな? 買い取った指輪に少しばかり魔法をかけたのだよ。忠誠心が強ければ強いほど、いい魔法が出てくるに違いない…」

…まぁ、ないよりはマシ…かもな。


 庶民的な服装と角笛の首飾り、そして左手薬指に指輪をはめたアキラは魔王に付いていく。

「おうおう…盗っ人がおいでなすった」

「まあまあイギー…盗っ人も使いようだよ?」

ツインテールは客車から、緑のイギーは御者席からはやしたてた。

「おやめなさいよ2人ともぉ…盗んだのは小さい頃のアキラくんなんだから。今のオトナのアキラくんは、なんにも悪くないのよぉ?」

魔法使いはツインテールの隣にいたようだ。

「さあ、アキラ。乗りたまえ」

アキラは居心地の悪さを感じながらも馬車に乗り込んだ。


「ちょっとあんた…もうちょっと向こう行きなさいよ」

左からツインテールが。

「そうねぇ…もう少しこちらにいらっしゃあい?」

右から魔法使いが。

「盗っ人さんよぉ? オナゴに変なことするんじゃあねぇぞぉ?」

後ろからはイギーが。

「街に行くのは何年ぶりだろうか」

そして、目の前から魔王が…

昨日の晩ご飯といい…このメンツじゃどこに座ってもハラハラするわ…


「えっと…目的地はあの街っすよね?」

小高い丘の上に、建物の頭がちらほらと見えている。

「そうよぉ? それにしてもあの子…小さいのによくあそこまで走れたわよねぇ」

花道ミライは、走る才能に関しては幼少期からその片鱗を見せていた。魔王の城から街まではかなり離れており、丘を登ることを鑑みても…

「やっぱり不自然だよね。誰かが魔法で体力と脚力をあげたとしか思えないっていうか」

 「あの、そういえば皆さんの名前聞いてなかったな〜って思うんすけど…」


「あたしはチェリーだよ。そんで後ろで馬車操縦してんのがイギー」

ツインテールはチェリー…可愛い名前じゃねぇか。

「ちなみにアタシはアシュリー…改めてよろしくねぇ?」

魔法使いはアシュリーか。

てか、イギーとかチェリーとかアシュリーとか、伸ばし棒ばっかりだな…

「私はジェルフだ」

「ほうほう…あ、街見えてきましたよ!」


 一本道のその先には検問所があり、この局面をどう乗り越えるのかとアキラは考えていた。するとジェルフは、突如として指先を赤く光らせ、窓の外のイギー目がけて光線を放った。


「え…今イギーさんに何して…はぁ!?」


振り返ると、あれほど人間離れした姿だったイギーが、ごく普通の人間になっていた。

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