第4話 ドローン

 次の日の朝、目を覚ますと私はハワイにいた。


 私が寝ていたのは高床式のログハウス。

 潮の香りと青い空、海とさざ波の音、白い砂浜、ヤシの木とココナツの香り。


 ベッドで呆然とする私の目の前に、アロハシャツを着たテンがにゅっと出てきて「おはよー、ウニ」と声をかけてきた。


「朝ごはんにする? 散歩する? それとも宿題?」


 頭が追いつかない。寝起きでこういうの、やめてほしい。


「ここは……どこ?」

「どこって、博士の家から一歩も離れてないよ。ただのホログラム」


「ていうか、なんでハワイなのっ!」

「ハワイじゃなくてスリランカだよ」


「どうでもいいっ! 消して!」

「えー、でも……」

「でもじゃない。いますぐ!」


 私の頼みをきくのは「ささやかな範囲」だったようで、ふっとハワイアンな世界が消えた。その瞬間、どうしてテンがあのアホな世界を投影したかがちょっとだけわかった。


 でっかい窓には金属製のシャッターが下ろされ、外が見えない。


 まるで牢獄か地下室のような、息苦しさ。


「……なに、このシャッター。昨日はなかったよね?」

「夜のうちに下ろしといたんだ。安全のためにね」


 アロハシャツからえりつきの白シャツに変わったテンが、にっこり笑う。その瞬間、私を中心に三六〇度ぐるりと囲う画面があらわれて、家の周りのライブ映像を映し出した。


 街は様変わりしていた。


 AIで動く自動車や建設機械が街を走り回り、ドローンが隊列を組んで飛び、小道のすみずみまでくまなく探りをいれている。昔のSF映画みたいな、赤い目をしたいかにも恐ろしげなアンドロイドは徘徊していなかったけれど……充分異様な光景だった。


「ほとんどはただのドローンだけど、中には軍事施設の機体もあって、赤外線レーダーとか生体感知センサーを備えてる。わりと頭のいいAIだよ。まあ、おれほどじゃないけどね」


 私は青ざめながらテンを見た。

 テンはにっこり笑っている。


「大丈夫。こいつらきびきびしてるから、あと数時間で撤収すると思う。人口の多い地域から順に移動してるみたいだし」


「……こいつらに、連行されてった人はいた?」

「うん、今日だけで三人見たよ。この家から観測できる範囲では」


 だけど、テンはその三人をだまって見ていた……その人たちを助けることは、テンの「ささやかな範囲」を超えてるから。


「ウニも、展望台に行くのはあいつらが散ったあとにしたほうがいいよ」

「う、うん……」


 テンは満足そうにうなずくと、持っていた白い服を差しだした。


「貸してあげるね。ナノセンサがついてるから、これ一着で好きなデザインの服を楽しめる。おれに言ってくれれば、なんでも再現するよ」


「……ありがとう」

「なんのなんの」


 にこにこしながら、そこに突っ立っているテン。私はまゆをひそめた。


「……なにしてんの」

「ウニが着替えるのを待ってる」


「いや。あんたの目の前では着替えないけど?」

「え、なんで? 博士はおれの前でも普通に……」

「いいから、出てけ!」


 枕を投げつけると、テンは「なんでー?」と叫びながら逃げていった。


 ったく。


 寝室には洗面所とバスルームがくっついていて、けっこう便利だった。さすが金持ち。こんな状況でなければ、こんな家に泊まれただけではしゃげるのに。


 顔を洗って下に降りていくと、テンがだれかと話している。


 一瞬、私を捕まえに来たAIロボットなんじゃとびびったけれど、ちがった。テンと向かい合っているのは、昨日も見た、博士の生前のホログラムだった。


「あいつらはなんにもわかってないわ」


 カウンターの止まり木に座って頭を抱える博士に、テンは「きっとみんな、すぐに博士が正しかったって気づくよ」と答えた。博士はカウンターの中に立つテンをにらみつけた。


「あんたになにがわかるのよ。役立たずの、ガラクタ同然のロボットに」


 うわ。

 なんか、どぎつい。


「おれは、博士のこと信じてるよ」

「こんなでくの坊になぐさめられてる私って、そうとうやばいわね」


 半笑いする博士に、テンは身を乗り出してその手を握った。


 というか、ホログラムだから、本当には握れない。空をつかんでいるだけだ。


「博士の理論は正しいよ。きっとみんな、博士を信じなかったことを後悔するよ」

「そのころ、私は生きてないわね」

「おれが見届けるよ、博士」


 顔を上げ、テンを見てかすかに笑う博士の顔は、どきりとするほどやつれていた。


「……テン?」


 声をかけると、博士のホログラムがすっと消えて、テンが私を見た。


「あ、ウニ。着替え終わったんだね」


 テンは、ついさっきまで博士の手があった部分を見下ろした。名残り惜しげに手を軽く握ると、私に向かい合ってにっこり笑う。


「じゃ、ごはんにしよう。ウニが寝てるあいだ、食料庫でシリアル見つけたんだ。本物はないけど、粉牛乳も見つけたよ」


「……うん、ありがとう」




 テンが見つけてきたシリアルは、夕べの食事よりずっとましだった。


 けれど、なんとなく味がしない。機械的にシリアルを口へ運びながら、私は向かいに座るテンを見た。相変わらず、のんきに美味しそうに、味のわからない朝ごはんを意味もなく食べている。


「ねえ。博士って、なんで死んじゃったの」

「うーん。なんでって、人間だからねえ」


 もぐもぐしながら、テンは頭をかたむけた。


「ウニだってそうだよ。致死率は百パーセントでしょ。人間はいつか死ぬよ」


「そうじゃなくて。原因があるでしょ。事故とか、病気とか」

「ああ。それでいうなら、自動車事故だよ」


「えっ。車にひかれたの?」


「いや、乗ってた車がトラックと衝突したんだ。相手は無人運転だったから、死んだのは博士だけですんだけど」


「博士が自分で運転してたの?」

「いいや、ちがうよ。AIに任せていた」

「じゃあ、なんで……」


 自動運転同士の車がぶつかるなんて、ありえない。最近の交通事故の原因は、ダントツで人間の不注意だ。AIは合理的で、あらかじめ決められた、正しい判断しかしない。


「AIも、ときどきびっくりするようなことをするんだよ。そして博士は、それを研究する専門家だったんだ」


 テンは答えになるようなならないようなことを言って、にこりとシリアルを頬張った。


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