第20話 何よりも純粋な愛
「トワ!」
「トワさん!」
クラウスとリュウガが必死に声をかけるが、トワは俯いたままピクリとも動かない。
いま彼女が何を思っているのか分からないが、漂う空気からトワが酷く落ち込んでいることは火を見るより明らか。
「くっ……何故、こんなことを……ディゼル、君はなんでこんなことをするんだ!」
リュウガが吠える。なぜ彼がトワと共に行動しているのかディゼルには分からないが、その問いに対する答えは簡単だ。
「何故? この子が憎いからよ。話を聞いてなかったの?」
「聞いていた。聞いていたが、悪いのは君たちのご両親だろ!? 子供が親の言うことを信じて行動してしまうのは仕方ないことだ! 君が家族を憎む気持ちも分からなくないが……」
「勝手なことを言わないで」
リュウガの言葉を遮り、ディゼルは無表情のまま彼の元へ歩み寄った。
彼女の頬には痣が浮かび上がり、その表情から何を考えてるのか読み取ることは出来ない。だが背筋が凍りつきそうなほど寒い。ディゼルが近付くたびに、体が冷えていくのが分かる。
「何が分かるの? 貴方は冷たい地下の物置で暮らしたことがある? 冷たい水を浴びせられたことがある? 残飯すらない日は何も食べられず、フラフラになりながら屋敷中の掃除をさせられたりしたことが、貴方にあるの?」
「そ、それは……ないけど、でも君のは八つ当たりだ! 自分が可哀想だから、不幸だからってそれを周りにぶつけるのは間違ってる!」
「……正論ね。でも、それは貴方が無関係だから言えることよ。幸せな暮らしをしていたからこそ吐けるとても残酷な綺麗事。そんなこと、分かってる。分かった上で私は選んだのよ」
リュウガの頬に手を添え、ディゼルは感情のない声で言う。
八つ当たりも嫉妬も、全て理解してる。その上でディゼルは悪魔の呪いを受け入れ、彼のために行動してる。
トワが苦しむのであれば、何でもいい。
あの両親が苦しむのであれば、何でもいい。
ただ、それだけなのだ。
「良いわね。綺麗事を並べるだけの人は。それで私が改心するとでも? トワの行いを子供のしたことだから許せと? 今反省しているのだから許せと? 貴方は私の痛みを知らないから平気でそう言えるのよ。痛みを知らない者が、痛みを受けた者の気持ちを語ろうとしないで」
リュウガは言葉を失った。
記憶にあるディゼルはいつも優しい笑顔だった。彼らと同行することにしたのも、裏切られた悔しさもあるが、もう一度会いたいという気持ちも少なからずあったから。
彼女への想いは偽り。悪魔の花のせいで惑わされただけ。そう分かっているのに、信じたくないと思う自分もいる。
しかし、もうあの時のディゼルはいない。
目の前にいるのが、本当のディゼル。悪魔の娘なのだ。
「……ディゼル嬢」
「何かしら、聖職者様」
ずっと黙って聞いていたクラウスが口を開いた。
この場で一番冷静なのは彼だろう。さっきまでトワのことを心配して声を荒らげていたが、今は落ち着いている。
「君は本当に、それでいいのか」
「貴方もお説教かしら?」
「いや……君に何を言っても無駄だろう。だから私は君に聞いておきたい。悪魔と共に行動して、君に後悔はないのか」
「ないわ。私はね、悪魔様を心から愛しているの」
その言葉、表情に、彼女が本気で悪魔を想っていることが伝わる。
さっきまでの冷たい表情が、一気に恋をする乙女のものへと変わった。こんな状況でなければ思わずドキッとしてしまうほどだ。
だからこそ、悪魔を愛してしまった哀れな少女に、クラウスは胸を傷める。
もっと早く、彼女の存在に気付いていれば。家族に虐げられていた彼女を救うことが出来ていたら、こんなことにはならなかったのに。
「……悪魔はにとって人間は餌でしかない。それでも?」
「ええ。私はいつか彼に食べてもらうの。そのために、私はもっともっと不幸になりたい。不幸で世界を満たしたい。この世の不幸が私の幸せなの。彼だけが、私を救ってくれた。私を求めてくれた。だから私は悪魔様を愛してる」
心からの言葉。
誰よりも、何よりも、純粋で嘘偽りのない想い。
クラウスは目を伏せた。
聖職者として悪魔を祓わなければいけない。彼女の悪魔に対する信仰心を否定しなければいけない。
だが、出来ない。
ディゼルの言葉を、心を、否定できなかった。
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