【闇に堕ちた聖女】




「さて……もうこの国でやることはありません。私を捕まえますか? 聖職者様」

「……動けないのに、ですか?」

「ふふ。そうね、今のは意地悪でしたね」


 ディゼルは足元で座り込んだまま動かないトワの顔を覗き込むように、しゃがんだ。

 その目は虚ろで、何の光もない。


「それじゃあ、またね。可愛い可愛い聖女様」


 耳元でそう囁き、ディゼルは屋敷を出ていった。

 彼女が去って暫くすると、悪魔の力が解かれてクラウスとリュウガはやっと体が動かせるようになった。


「トワさん……」

「トワ!」


 二人は項垂れたままのトワに駆け寄り、とりあえずこの場から離れようと肩を支えた。

 しかしトワは立ち上がる気力もないのか、足が少しも前に進まない。


「ト、トワ……」

「……」


 いくら声を掛けても反応がない。

 だがこのままここで立ち止まっている訳にはいかない。屋敷中の花を処分して、周囲の人たちの様子を見に行かなければならない。

 クラウスはトワの両肩を掴み、軽く揺さぶった。


「トワさん、トワさん!」

「……」

「……私はこれから悪魔の瘴気の影響を受けた人たちを見に行きます。貴女はひとまず宿で休んでいてください」

「あ、あの……クラウスさん」

「リュウガさんは彼女に付いていてあげてください」

「は、はい」


 動揺するリュウガに指示をして、クラウスはトワに視線を戻す。

 心が壊れてしまったのだろう。元々彼女の意思は甘く、本気で姉のために行動していたわけじゃなかった。

 無理もない。散々甘やかされて育った娘が、そう簡単に覚悟なんて出来るはずがなかったのだ。


「……無理だと思うなら家に帰りなさい。貴女の覚悟はその程度だったのです」

「ちょ、クラウスさん!」

「トワさん。お姉さんのこと、私にはどちらの言い分が正しいかどうかなんて関係ありません。私がすべきことは悪魔を払う事。その一つだけです」

「……」

「貴女が本当に自分の罪を償いたいと望むのなら、その意志を貫きなさい。それが自己満足であったとしても、相手が望なくても」

「……そ、んな、こと……私には……」


 クラウスの言葉にトワが弱々しく反応した。

 もう涙すら出てこない。悲しいと思うより、虚しくて仕方ない。

 自分の掲げた覚悟はとても薄っぺらくて、ディゼルの言葉で簡単に崩れてしまうものだった。


「お姉様の、言った通りです……私は、自分のことばかり……なんで、なんで私なんかが聖女の力を持っているんでしょうか……」

「それは私にも分かりません」

「私みたいな最低な人間に、出来ることなんか……」

「そうですね。貴女のしたことは許されることではありません。お姉さんが怒るのも無理はない。それだけのことを貴女たちはしてきた。本当にお姉さんが悪魔の子だったなら、私たちは気付いています。しかしそうではなかった。勝手な決め付けでお姉さんを虐げてきた事実は消えません」

「っ……」

「少しでも贖罪の気持ちがあるなら、立ち上がりなさい。お姉さんが言ったように哀れな自分に酔いたいのなら、家に帰りなさい。私に言えるのは、それだけです」

「……」

「それから、貴女ならお姉さんを救えると言った私の言葉も、事実ですよ」


 クラウスはそう言い残し、屋敷から出ていった。

 残されたリュウガはトワの肩を抱いて、近くの宿へと向かった。


 トワの瞳にはまだ、光は戻らない。



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