第15話 偽りの愛と婚約破棄




「君との婚約を破棄する」


 そう声高々に品の良さそう顔をした男性が言った。

 彼から婚約破棄を言い渡された女性は、顔を青褪めさせて床に座り込んでしまった。


「な、なぜ……」

「俺はもう彼女以外を愛せないんだ。偽りの愛で君と婚約は出来ない」


 そう言いながら、彼は横にいた女性の肩を抱いた。

 この辺では見かけない、黒髪の女性。彼女は美しい顔で、クスッと笑ってみせた。


「そ、そんな……ジョシュア様……そ、そんなこと、両親が納得しませんわ!」

「問題ない。父が話をしてくれると言っていた。分かったら、出ていってくれないか」

「ジョシュア様!?」


 女性は執事に羽交い絞めにされて屋敷を追い出された。

 彼、ジョシュアは邪魔者がいなくなったと、笑顔で黒髪の女を抱きしめた。


「これで晴れて君は俺の正式な婚約者だ。必ず君を幸せにするよ、ディゼル」

「ありがとうございます、ジョシュア様」


 ディゼルはジョシュアの胸に寄り添い、静かに笑みを浮かべた。


 何故ディゼルがジョシュアの婚約者となったのか。

 事の始まりは半月前に遡る。



———


——



「すみません、お屋敷にお邪魔してしまって……」

「良いんだよ、ぶつかったこっちが悪いんだから」


 南にあるとある国。

 そこでディゼルは道端で花を売っていたときにジョシュアにぶつかって怪我をしてしまった。

 怪我の手当てをするために家に案内され、今に至る。


「俺はジョシュア・クーバ。君は? この辺りで見かけたことはないと思うんだけど……」

「私はディゼル。ディゼル・フロワーダと申します。この国には最近来たばかりで……」

「おや、フロワーダ?」


 二人の話を聞いていた屋敷の主人、ジョシュアの父がディゼルの名前を聞いてこちらへ近付いてきた。


「君はフロワーダ子爵の娘さんなのかね」

「父をご存じなのですか?」

「ああ。この地に越してからはもう何年も会っていないが、よくお世話になったものだよ」

「そうだったのですね」

「それにしても、彼に君のような美しい娘さんがいたなんて聞いてなかったな。子供が出来たという話は聞いていたが……」


 どうやら彼は娘がいたこと、ディゼルの話もトワのことも何も聞いていないようだ。

 おそらく最初に生まれた娘、ディゼルの顔に痣があったために報告をしなかったのだろう。

 ディゼルは都合がいいと思い、そのまま話を合わせることにした。


「私も父の友人のお話などはあまり聞いていなかったので、こうしてお会いできて嬉しいです」

「父上は元気にしているかい?」

「ええ。いつも忙しくしていますわ」

「ところで、子爵の娘さんがなぜこんなところに?」


 ディゼルは勉強のために各地を巡っていると説明した。そして宿代を稼ぐために花を売っているいて、たまたまジョシュアにぶつかってしまったのだと。


「そうかそうか。この国には大きな図書館もあるし、勉強するには良いだろう」

「なぁ、父さん。せっかくだから彼女を屋敷に住まわせてあげないか? 部屋も余ってるし、父さんの友人の子なんだろう?」

「そ、そんな、申し訳ないですわ」

「いや、それくらい構わないぞ。その方が勉強も捗るだろう。君の父には昔世話になった恩もある」


 有難い申し出にディゼルは少し躊躇いながらも首を縦に振った。

 まさか実父に感謝する日が来るとは思っていなかったが、今は令嬢の立場を利用出来た方が立ち回りやすい。

 それに、さっきからジョシュアの視線が痛いほど突き刺さってくる。ディゼルは自分のことをじっと見つめてくる彼に微笑みかけた。


「ジョシュア様、これからよろしくお願いします」

「あ、ああ! 何か分からないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」


 そのあと、婚約者がいる話も聞かされた。

 しかしその彼女とは政略結婚で乗り気ではなかったことや、彼の悩みなどとディゼルは親身になって聞いてあげるようにした。

 僅か一週間。彼がディゼルに心を奪われるのに対して時間はかからなかった。


 そして半月後、両親も丸め込んで彼の婚約者となったのだ。




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