第9話 盲目の恋




 初めての恋心に、アインはジッとしていられなかった。

 心の中で秘めておけない。伝えたい。四六時中ディゼルのことばかり考えてしまう。


 アインは朝早くから彼女のいる物置小屋へと向かった。


「ディゼル!」

「あら、アイン。どうしたの?」

「突然で驚くかもしれない。でも、僕はもうこの気持ちの隠してはおけない」

「ど、どうしたの? 急に……」


 走ってきたアインは息を切らしながら小屋のドアを開け、ディゼルの肩を掴んだ。

 血相を変えて訪ねてきた彼に、ディゼルは少し驚いた。


 しかし今のアインは相手を気遣う余裕すら無い。もうずっと彼女への想いを吐き出したくて仕方ない。胸の中に溜め込んだ言葉を出し切らないと、満足できない。

 アインは一つ息を吐き、自分の気持ちを伝えた。


「君が好きだ」

「え……?」

「初めて君を見たときから、……ディゼル、君を愛してるんだ」

「アイン……」

「どうか、僕と結婚してくれないか?」

「……ダメよ。そんなことしたら、どれだけの人が悲しむと思う?」

「でも、僕は……!」


 ディゼルはアインの口元にそっと人差し指を当てて、言葉を遮った。


「冷静に考えて。貴方には婚約者もいるのよ?」

「レイナは親が決めた相手だ。愛していない」

「でも、レイナさんは?」

「……だけど」

「ダメよ、アイン。私なんか、好きになっては」

「……ディゼル」


 有無を言わせぬディゼルの微笑みに、アインは言葉を失くした。

 それでも、諦めきれない。これは、アインにとっての初恋。どうしようもないほど焦がれるこの想いを、たった一回の告白で伝えきれるものではなかった。


 それから毎日、アインはディゼルに会いに行った。

 花を買い、愛を伝える。ディゼルは表情を変えることなく、それを断り続ける。


 そんな日々を続け、数週間が経った頃。

 屋敷で書類の整理をしていると、レイナが青い顔をして執務室に駆け込んできた。


「アイン、アイン!!」

「レイナ。どうした、そんなに慌てて」

「また、町の人が病気で亡くなったわ」

「また……? これで5人目じゃないか」

「急すぎるわ……この間も事故で2人亡くなったばかりよ!?」

「一体、どうなってるんだ……」


 ここ最近、町では変死が相次いでいた。

 医師も原因が分からないという謎の病気。そして同じくして事故も増え始めた。


 こんなこと、今までなかった。アインは手に持っていた書類を机の上に置いて、頭を抱えた。

 何も分からない。そんな表情を浮かべるアインに、レイナはずっと抱えていた疑問を彼にぶつけた。


「……あの子が来てからよね。病人が増えたのって」

「……っ!」

「そういえば、あの子がいたっていう……ガウロの村で謎の病気が多発しているって話を聞いたわ。若い男の人達が急に狂いだしたとか……」

「……何が言いたいんだい?」

「……別に。可能性の話よ」

「余計な詮索は止めよう。それよりも、先日の事故についての調査を……」


 レイナが何を言いたいのか。それが察せないほど、アインは鈍くない。

 そう。病死する人が増えたのも、事故が多発するようになったのも、全てディゼルが来てからだ。これを疑わないなんて、無理な話。


 しかし、アインはそれを受け入れることは出来なかった。

 彼女を愛しているから。誰からも受け入れてもらえず、ずっとツラい思いをしてきた不幸な娘を疑うなんて、出来るわけない。

 これ以上、彼女を苦しめたくない。アインは悪い想像を頭から振り払うように首を軽く振って、レイナと共に屋敷を出た。




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