第10話 悪魔を愛する娘




 その頃。

 ディゼルが物置小屋で種に血を与えて花を咲かせていると、背後に黒い靄が現れた。


「クックック……段々とこの村も染まってきたな」

「悪魔様!」


 黒い靄から出てきた悪魔に、ディゼルはパッと笑顔を浮かべた。

 満面の笑みで出迎える少女に、悪魔はククっと喉を鳴らして笑った。


「俺に会えて、そんなに嬉しいのか?」

「ええ。とても」

「馬鹿な女だな、お前は」

「ふふ、そうかもしれませんね」

「ふっ。それにしても……小さな町とはいえ、こんな短時間でここまで不幸に染め上げるとは……さすがだな」


 悪魔は周囲に満ちた負の空気に、舌なめずりをした。

 満足そうな彼の笑みに、ディゼルは胸の前で両手を握り締めて祈るように目を閉じる。


「貴方が喜んでくれるのであれば、私はそれだけで満足です」

「ほう。悪魔の為に尽くすと?」

「ええ、愛おしい人。私がこうして生きているのも、トワを苦しめることが出来るのも、あなたのおかげなのですから」

「それでいい。お前は俺のために生きているのだからな」

「身も心も、何もかも、あなたのモノです」

「クックック、フハハハハ!! いいぞ、それでいい。それでこそお前に呪いをかけた意味があるというものだ」

「ありがとうございます」


 ディゼルが悪魔に触れたくて手を伸ばそうとすると、小屋のドアが叩かれた。

 悪魔はスっと姿を消し、ディゼルは少し不満げな表情を一瞬だけ浮かべてドアを開けた。

 ドアの向こうにいたのはアイン。いつも通りの笑顔だが、どこか疲れたような顔をしている。


「……ディゼル」

「アイン。どうしたの?」

「君の顔を見に来ただけだよ。元気そうだね」

「毎日顔を出してくれてるじゃない。そんな一晩で変わらないわよ」

「そうだね……ディゼル、君は病気とか大丈夫かい?」

「ええ」


 特に嘘をついている様子もない。アインはホッと胸を撫で下ろした。

 こんな優しく美しい少女が何か出来るはずがない。彼女一人で事故や病気を撒くことなんて出来るはずがない。

 アインは自分にそう言い聞かせた。


「最近、町で流行っているみたいなんだ。気を付けてくれ」

「そうなの……でも私は大丈夫よ」

「そうか、ならいいんだ。でも、君に何かあったらと思うと……」


 苦しげな表情を浮かべるアインに、ディゼルはそっと微笑みかけた。


「私が死んだって、何も変わらないわよ」

「そんなこと!!」

「だって私には、私が死んで悲しむ人なんていないもの」

「僕が悲しむよ」

「……ありがとう。でもダメよ、悲しんでは」

「ディゼル。僕は本気で君を愛しているんだ」

「いけません。レイナさんを悲しませては」

「でも……!」

「アイン」

「……っ」

「今日も来てくれてありがとう」

「……また来るよ」


 アインは名残惜しそうに屋敷へと戻っていった。

 彼女は自分に振り向いてくれない。あの瞳が自分を映していないことも分かってる。

 それでも、愛おしい。それだけは変わらない。どんな噂も信じない。彼女は、彼女だけは、自分が守ってあげたい。


 その一心だった。

 誰よりも、愛おしい人だと信じて。



 二人のやり取りを見ていた悪魔は、再び姿を現してディゼルの頬を撫でた。

 それに応じるように彼女の左の頬に痣が浮かび上がる。彼に触れられただけで体が高揚し、痣が出てくるようだ。

 頬を赤らめるディゼルに、悪魔は愉快そうに笑う。


「クックック……愚かな人間だ。愛とは、ここまで人を狂わせるものか」

「……そうですね。私も、彼のこと言えません」

「そう、だな。お前は、尤も愚かだ。まぁ、そうしたのは俺だがな」

「どんなに愚かでも、私はあなたと共にいれて幸せですよ」

「俺はお前のその愚かさが愛おしいぞ、ディゼル。お前は俺だけのものだ」

「悪魔様……」

「もっと不幸になれ。もっと不幸を呼べ。その分お前は美味くなる」

「はい……」


 アインは知らない。愛した少女が幾度となく悪魔に抱かれていること。悪魔を心の底から愛していること。彼女の心に入り込む隙間などないことを。


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