第16話 目覚ましエルフ

 良い匂いがして目が覚める。

 甘い匂い。

 うん、落ち着く。

 花の香りかな?

 とにかく良い匂いだ。ずっと嗅いでいたい気分。

 そんなことを思っていると、右手に何やらムニュムニュした感触も伝わってくる。

 謎の感触。でも、悪くない。

 知ってるような知らないような……

 不思議な感触。

 でも、いつまでも触っていたい。

 そんな気にさせる至福の一時。

 これ、何だろう?


 そっと目を開ける。

 だが、真っ暗。

 俺は前世の記憶から産み出した魔法を唱える。


「ナイトライト」


 すると、天井付近にオレンジ色の優しい光球が浮かぶ。

 元々あった光魔法のライトだと眩しいからね。

 常夜灯みたいな明かりが欲しかったんだよ。

 オリジナル魔法は作るの大変だけど、できたあとは凄く便利だ。


 俺は改めて周囲を見る。

 見知らぬ部屋だな。

 そっか、俺昨日酔い潰れて泊めてもらったんだ。

 少しずつ思い出される記憶。

 そうだそうだ、魔法学園に帰るのも宿に行くのも面倒だから、冒険者チーム『妖精女王ティターニア』の家に一泊することになったんだよ。

 ちょうど開いてる部屋があるから泊まってけ! とか言われて。

 俺も酔ってたから、そのままベッドへダイブ。

 という流れだった。


 しかし、俺が女の子だらけの家にお泊まりか。

 前世で三十四年、今世で十六年。守り通してきた童貞キングの俺も変わったもんだ。

 こんな良い匂いと素敵な感触に包まれた起床が出来るなんてな。まさに、夢のようだ。

 って、さっきからあるこのムニュムニュした感触は何なんだよ?

 俺は自分の手元に目を向ける。


 まず飛び込んできたのは二本の足。

 そして、可愛らしいお尻。

 俺の右手はそのお尻を掴んでる。

 見た感じはまだ子供?

 当然、生尻だ。

 あれ、妖精女王のメンバーで猫獣人のミーシャが俺の布団に潜り込んできたのかな?

 猫って普段ツンツンしてるくせに、妙に甘えてくる時があるからね。

 いや、ミーシャはツンツンしてはないか。

 そして、このお尻には尻尾がない。

 うん、違うな。

 そんなことを考えていたら右手のお尻がモゾモゾ動く。そして、こんな呟きを漏らす。


「もう、ミーシャ? 久しぶりの我が家なんだから、ゆっくり寝かせてよねえ。人のベッドに……」


 頭を少しだけ持ち上げるお尻の持ち主。

 どうやら、ベッドの中の体勢が真逆らしい。

 俺は仰向け、お尻の持ち主はうつ伏せでもある。

 声からして女の子であるのは間違いないだろう。

 体勢が真逆なので顔は見えないが、長い金髪と尖った耳が薄明かりでも確認できた。


「あっ、エルフ!?」


 思わず口にする。


「ふぇっ……」


 お尻の持ち主は俺の言葉を聞いた瞬間、固まった。

 沈黙の一時。

 それから始まるであろう嵐の前の静けさ。

 しばらくして、彼女はこう言った。


「くぁwせdrftgyふじこlpーーーーーーーー」


 いや、なに言ってるかわかんねえよ。

 だが、彼女が発した次の言葉は理解できた。


「サラマンダー! あたしの友達。小さな火の精霊よ。さあ、その痴漢と踊りなさい!」


 あっ、こいつ火の精霊呼び出しやがった。

 しかも、部屋の中で。

 まったく、異世界の魔法使いはどうして火事に無頓着なのかねえ。

 そもそも、俺は痴漢じゃねえ。

 いや、右手の感触は本当にありがとうございました、だけどさ。

 おっと、ヤバい。

 サラマンダーが顕現化する。


「マナドレイン!」


 俺は一言だけ呪文を唱えた。

 すると、部屋の中で顕現化してたサラマンダーの炎がみるみる小さくなり、やがて完全に消え去った。

 あとに残るは静寂の……


「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 もとい。エルフの悲鳴のみだった。

 ああ、このキンキン声は寝起きにはこたえる。

 完全に目が覚めたよ。


「なんにゃー、コミュ、どうしたにゃー?」

「おいおい、コミュ、何があった!?」

「コミュさん、どうしました!」

「あれ、もしかしてあの叫び声はアレクサンドラ様じゃ?」


 猫獣人ミーシャに女戦士グレタ、神官のマリエにメイドドワーフのチュアラが俺のいる部屋に駆け込んできた。

 まあ、次にどうなるかは想像つくわけで……


「あれ、サーシャにゃあ?」

「ほんとだ。久しぶりじゃねえか!」

「お帰りなさい、サーシャ」

「アレクサンドラ様、無事のご帰還。お喜び申し上げます」


 皆が普通の挨拶をするなか、一人エルフだけが興奮中だ。


「無事じゃないわ! この痴漢に、くぁwせdrftgyふじこlpーー!」


 やっぱり、何を言ってるのかわかんねーよ。エルフ語なのかな?

 とにかく、俺の憧れ妖精女王のリーダー。エルフのアレクサンドラ(通称サーシャ)との出会いは果たされたのであった。

 最悪の形で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る