第15話 シゲイズ、超有能

 ここはカーレン王国の王都中央付近にある有名な高級レストラン『ツービート』の個室。

 その部屋の大きなテーブル席に腰かけている上品な年配女性がいた。

 名前はキリン。そう、王都冒険者ギルドの副ギルドマスターである。

 彼女は一人で目を瞑り静かに座っていた。

 本来であれば専属のウェイターが付きっきりで食事の世話をしてくれるが、まだメンバーがそろってないので一人待ちぼうけの状態なのだ。

 すると……


「おお、待たせたの」

「わりいわりい、陛下への報告に手間取った」


 そんなことを言いながら、二人の初老男性が入室する。

 キリンは静かに立ち上がると楽しそうに笑う。


「うふふ、そんなに待ってないわ。ガブリエルにシゲイズ、お久しぶりね」

「ああ、ほんとに久しぶりだ、キリン」

「ガハハハ。なあに、これからはちょくちょく会えるだろうさ」


 三人は簡単な挨拶を交わすとそれぞれ円卓の席に着いた。

 すると、待ってましたとばかりにウェイターが料理を持ち込んでは去っていく。

 テーブル中央には回転する仕掛けが施された少し小さめのテーブルがあり、そこへ料理が盛られた皿が次々と置かれていくのだ。

 もし、ここにコミュ・ショーリナがいたとすればきっとこう思っただろう。

 中華料理屋じゃん! と。

 そう、ここは過去に勇者と称えられた元日本人が企画した店。異世界中華料理のお店なのである。

 なぜ和食でなかったのかは分からない。


「今回は冒険者ギルドの事で二人には迷惑をかけたわね」

「いや、ワシは大したことはしとらんよ。全部シゲイズの悪巧みだ。まったく、初めて聞いた時は呆れたぞい。しかし、上手くいくとはのう」

「ガハハハ、それ見ろ。俺の言う通りになったろ?」


 三人がそんな話をしてる頃、配膳を終えたウェイターたちが一礼して部屋を出ていく。

 普通、この店くらいの高級店ならコース料理が少しずつ運ばれ、ウェイターがその都度世話をするのだが……

 どうやら秘密の会合のようだ。

 料理も一気に運ばれ、誰一人部屋に残ることは許されていない。

 まあ、ここにいる三人はそれぞれの組織で大物と目されている人物ばかり。

 キリンは副ギルドマスター。ガブリエルは王立魔法学園の学園長。そして、シゲイズは伯爵であり副宰相という重職につく国政の幹部。

 話される内容が国家機密レベルのものになっても不思議じゃないのだ。

 それを知ってるウェイターたちは、準備を終えると緊張の面持ちでそそくさと去っていった。


「さて、食うか。あっ、そういやキリン。コミュショーはどうなった?」


 最後のウェイターが出ていくと、大柄なシゲイズ副宰相が目の前に並ぶ料理からバンバンジーに似た料理皿を取ると一人でモグモグ食べ始めた。

 コミュ・ショーリナがいれば、きっと心の中でツッコミを入れただろう。

 それ、一人前じゃないですよ? と。

 だが、シゲイズの少々品のない食べ方に二人は何も言わず、それぞれの小皿に料理を取り分け食べていく。

 彼の行動はいつもの事なのだ。


「コミュ・ショーリナ君はあなたの予想通り、評判の良くない魔法使いの冒険者と揉め事を起こしたわ。ついでにギルマスのシェケナともね。ちょうど良かったんだけど」


 そう言うと、キリンは自分の小皿に取り分けたコカトリスの玉子焼きを口に運ぶ。

 すると、今度は魔法学園のガブリエル学園長がこう話を続けた。


「どうも、超級魔法である転移を使ったようだ。うちのフレディ教授の実験棟に、むさ苦しい冒険者たちが閉じ込められている」

「フレディの実験棟……って、モンスター牧場かよ!?」


 思わず突っ込むシゲイズにガブリエルは静かに頷くと、自分が取り分けたクラーケンと山芋のサラダを口にする。


「ガハハハ、さすがはコミュショー。あんな魔力をバカみたいに食う魔法でも平気で使いやがるか!」

「笑いごとじゃありませんよ」

「まったく、超級魔法でも秘術とされている転移魔法を人前で簡単に使うとはのう。今度注意しておこう」


 笑うシゲイズとは対照的に二人はため息混じりだ。

 シゲイズは更に尋ねる。


「で、書類の方はどうなった?」

「ええ、あなたの言った通りにしたら素直に署名してくれたわ。美人で気の強そうな秘書と可愛らしいメイドさんを配置してね。見事に乗ってくれたわ。」

「ガハハハ、あやつの趣向なんそお見通しよ」

「まったく、コミュ・ショーリナ君は魔法使いとしては天才じゃが、まだまだ子供だのう。そんな怪しい書類を、何も読まずに署名するとは」


 キリンの報告に気を良くするシゲイズとは違いガブリエルは不満顔だ。まあ、仮にも教え子が騙されたのだから心配もあるのだろう。

 カーレン王国では契約書をかなり重視する。よく読まなかった、などは法律的に通用しない。


「でも、本当に良いの? 彼をギルドマスターにしちゃっても……」


 キリンが少し眉根を寄せて呟く。


「いいとも。あいつは王立魔法学園の主席卒業生で大魔導師のアーク・ウィザードだ。冒険者ギルドの本部も不満は無かろうて」

「いえ、本部の許可は出てるわ。むしろ大歓迎よ。カーレン王国の冒険者ギルドは魔法使い系冒険者の評判が良くなかったしね。大魔導師がトップに立ってくれれば、少しは大人しくなるでしょう。それよりも、問題は本人の意思よ?」

「だが、王都冒険者ギルドのマスターになるための契約書に署名したんだろ? じゃあ、問題なしだな。なあ、ガブリエルよ?」

「いや、王立魔法学園は自由な校風がモットーなんじゃがなあ。シゲイズに目を付けられるとは……哀れな子だ」


 ここは異世界。魔法の才能がある人間は相当優遇される。

 学園を卒業してすぐの青二才だろうが、大魔導師のアーク・ウィザードならば即座に組織のトップへ成り上がる事も珍しくないのだ。

 まあ、それほど権力がある大魔導師だから、コミュが働きたくないと駄々をこねれば通りそうではある。

 が┅┅


 ただ、繰り返すがここは異世界。

 大魔導師と言えども、賢者マギであり伯爵でもあるシゲイズに命じられれば拒否できないのだ。

 人権?

 なにそれ、美味しいの?

 そんな世知辛い世の中であった。


「それに、どうせ実権は冒険者ギルド世界本部から派遣されたお前さんが握るんじゃろ? だったら何も問題ない。むしろ、コミュショーの野郎は働いたら負けとか言ってる怠け者だからな。逆に喜ぶんじゃないか?」

「そうじゃな。ギルドへ来て座っておれば良いだけなら、コミュ・ショーリナ君も満足するかものう。魔法学園としても主席卒業生が王都冒険者ギルドのマスターなら面目は保てるしの。キリンの方はそれで良いのか?」

「ええ、名前さえ貸してもらえれば何も問題ないわ。これで楽にカーレン王国王都冒険者ギルドの改革が進む。幼馴染みの二人に手伝ってもらえて本当に感謝してるわ」

「ガハハハ、気にするな。コミュショーっていう、ちょうどいい生け贄がいたからな」

「まあ、魔法使いの悪事は許せんからのう」


 三人はそう言うと再び食事を再開する。

 コミュ・ショーリナの知らぬ場所で全ては決められていたのだった。

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