第13話 打ち上げ(準備)

 無事に冒険者へと就職が決まり、そのお祝いのための打ち上げパーティーをしてもらうことになった。

 場所は女性だらけの冒険者チーム、妖精女王ティターニアが借りている家。

 そう、夢の楽園だ!


 いやあ、まだ若手冒険者なのに一軒家を借りれるなんて凄いよ。

 普通の冒険者は格安の宿を利用する人が多いんだ。

 少し金を足せば飯も付いてくるし洗濯もしてくれるしね。

 特に独身男性の冒険者は、結果的にその方が節約になると言ってるそうだ。

 よく分かる。やっぱ、飯と洗濯はやって欲しいもんね。

 もし、俺が一人で一軒家に暮らしていたら……

 多少値が張るとしても飯は出前を取るし、洗濯物は放っておくだろう。

 異世界にパン屋はあっても洗濯屋はないからさ。


 着るものが無くなったら?

 あまり臭くないものを選んで二週目に突入だ。

 着れる物がいよいよ無くなったら?

 近くの店で買う。

 洗濯すれば良いのにと思うかもしれないが、ここは異世界なんだ。

 便利な全自動洗濯機なんて物はない。全て手動。

 日本での生活を知る者としては面倒臭くてたまらないよ。

 だから、買う。

 だけど、こっちの服は日本と比べると割高なんだよねえ。

 うん、金がかかって仕方ないな。

 元ヒキニートの俺に純粋な一人暮らしは無理だわ。


 おそらく妖精女王ティターニアのみんなは、一軒家を借りてもやっていけるくらい冒険者として稼いでるのだろうな。

 そして、料理や洗濯が苦にならない人達なんだと思う。

 うーん、女の子らしくて素敵だ。

 そういえば、グレタは料理が、マリエは洗濯が得意と言ってたような気がする。

 素晴らしい!

 あっ、でもミーシャはメイドもいるとか言ってたな。

 それなら俺でも一人暮らしは可能か?

 でも、メイド雇うのも金がなあ……


 そんなことを考えてると、すぐに目的地に着いてしまった。

 冒険者ギルドを出て、徒歩でたったの五分。

 いや、持ち家じゃなく賃貸契約だというので彼女達の住む家自体にはそこまで期待してなかったが……


 これ、スゲー家だよ!

 まずデカイ。そして、綺麗な庭がある。

 元日本人の知識からするとイングリッシュガーデンにそっくりだ。

 いろんな草花が植えられて、レンガを敷き詰めた小路がお洒落。

 ウッド系の垣根やベンチもいい味出しているなあ。ついでに池もあるぞ。


 庭もいいが家はもっとすごい。貴族街のある王都中央付近にあってもおかしくない立派なものだ。

 俺の実家であるショーリナベーカリーも店舗部分があるから平民の家にしては大きな家なんだけど、その十倍は軽くあるね。

 これが賃貸住宅?

 もう屋敷って呼んでいいんじゃない?

 しかも、王都北門。つまり、冒険者ギルドに近いという立地。冒険者には垂涎の好物件じゃん。


「ついたにゃ、コミュ。ここが、あたしらの家にゃあ」

「大きいですねえ、ミーシャさん」

「実はよう、あたいらののリーダーは金持ちなんだぜ」

「そうなんですか、グレタさん? たしかリーダーはエルフのアレクサンドラ。通称サーシャさんでしたよね。エルフって自然と共に生きるイメージでしたけど、そんなにお金持ちなんですか?」

「うふふ、あのね、コミュさん。サーシャはエルフの国では大貴族の娘なんですよ」

「本当ですか、マリエさん!? エルフにも貴族制度があるんですねえ。知りませんでしたよ」


 エルフの国があるのは知ってたが、てっきり高い木の上に住んでひっそり自然と一体化してるものと妄想してた。

 そうか、貴族いるんだ。意外と華やかな生活様式なのかもな、異世界のエルフ。

 しかし、サーシャ……


 何その設定詰め込みすぎなお嬢様。

 エルフってだけでも魅力十分なのに、加えて貴族令嬢のお金持ち。

 もう、Aランク冒険者で精霊使いの弓士って設定を忘れそうになるよ。

 ああ、早くサーシャに会いたい!

 でも、今はいないんだったな。残念。


「いつかお会いしたいものです」

「ああっ、コミュの顔がまたニヤケてるにゃ!」

「ほんと、お前はエルフ好きだな」

「……とにかく中に入りましょう」


 俺、そんなにニヤケてたか?

 気を付けていたのに。

 みんなの視線が痛い。特にマリエのジト目。神官だから風紀には厳しいのだろうか?

 そういや、彼女は女神ルナ様の聖職者。エッチな事は考えただけでアウトって宗教だもんな。

 なんだよ、それ?

 想像することすら許されないとか横暴だぞ。

 だって、エルフだぜ?

 元日本人として色々考えちゃうのはしょうがないよね?


「お帰りなさいませ、皆さん。あれ、お客様ですか?」


 屋敷の玄関を入るとけっこう大きなホールがあった。そこで俺たちを出迎えたのはメイド服を着た少し小柄な人族の女性……

 と思ったらドワーフだ!

 異世界だもんね。エルフがいるんだからドワーフもいるよね。

 しかし、この人ドワーフにしては筋肉質じゃないし、背も少し高いから気付かなかったよ。


「ただいまにゃ、チュアラ」

「よう、チュアラ。今日は飲み会だからチュアラも参加してくれ!」

「そうそう、取って置きの赤ワインも出しましょう」


 妖精女王ティターニアの三人が仲良さげに話しかけている。

 メイドのドワーフ族のチュアラとは良好な関係のようだ。

 いいよね。女の子はこうでなくちゃ。

 シゲイズ副宰相の娘アッキーさんのように高飛車な人はおっかないもん。

 あの人は美人だけど、こんな感じにキャピキャピお友達とお喋りすることなんて無いだろうなあ。

 退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! ってタイプだもん。

 貴族令嬢がみんなあんな人ばかりなら、俺は異世界に幻滅するとこだったわ。

 やべえ、悪役令嬢のこと考えてたら女性恐怖症になってしまう。

 今はこの女の子トークを楽しもう。


「では早速準備に取りかかりますね」

「じゃあ、あたいは料理と酒のつまみを作ってくるぜ!」

「私は飲み物を持ってきましょう」

「あたしはお客様のコミュの相手をしてるにゃあ。コミュ、こっちに来るにゃ」


 広々とした玄関ホールで俺たちは別れた。

 グレタとマリエ。そして、メイドのチュアラは台所と思われる場所へと。俺はミーシャに連れられて客間へと案内される。


「ここで、パーティーするにゃ」

「いい部屋ですねえ」


 そこはゆったりと座れる長めのソファーが四脚とソファーに合わせた高さの低めのテーブルが二台。あとはアンティークな調度品が品よく並ぶ上品な部屋だった。


「さすがティターニアの皆さんが住む家、とても素敵な部屋です」

「ありがとにゃ。コミュはほんと、誉め上手にゃあ。じゃあ、適当なソファーに座るにゃ」

「ありがとうございます。おおっ、このソファーはフカフカだ」


 ぶっちゃけ、王立魔法学園の応接室にあるソファーの方が品質は良いのだろうが、こっちの方が俺的には断然いいよ。

 だって、目の前に座るのが暗黒街のボスみたいなおっさん(つまり、シゲイズ副宰相)より可愛い猫獣人の方が良いよね?

 この差はでかい。


「これはうちのリーダーが持ってきた自慢のソファーにゃ」


 な、なんですとー!?

 リーダーって、あの、エルフの?

 エ、エルフの愛用ソファー!?

 もう、それだけで幸せになるぞ。

 ミーシャがいなけりゃ、鼻をつけてクンカクンカしたところだ。


「さあ、持ってきましたよー」


 ミーシャと話していたら両手一杯に酒瓶を抱えてマリエが入ってきた。

 意外に思うかもしれないが、異世界ではガラス作りが盛んだ。

 ドワーフのガラス職人が色んな国で活躍している。

 だから、酒瓶にもガラスを使用したものがけっこうある。

 あとは陶器製が多いかな。

 ペットボトルは残念ながらこの異世界にはない。


 マリエは俺たちが座るテーブルに一本二本三本四本と置いていく。

 一目で赤ワインと分かる物から謎の酒まで全部で七本ある。

 よく持てたな……


「ああっ、キュケオンがあるにゃー!」


 へえ、キュケオンか。高い酒だ。

 大麦から作られる酒で俺の味覚からすれば日本の焼酎に味は近い。

 ただ、色が琥珀でハーブの香りがするからウイスキーと間違えてしまう。

 アルコール度数も高いし俺は苦手だが、ミーシャがキュケオンの陶器製の酒瓶に頬擦りしているので彼女は好きなんだろう。

 見た目まだまだ子供なのに、ちょっと心配になるよな。


「他は定番のエールと赤ワイン。あまり飲めない人用にプティサネーとメリドラトンもありますからね」

「おおっ、それはありがたい」


 プティサネーとメリドラトンはどちらもノンアルコール飲料だ。

 プティサネーは単純に言えばブレンド麦茶。大麦や小麦、ライ麦といったものをブレンドし煎じたもの。

 メリドラトンは蜂蜜水だ。

 そのまま飲むのも良いし、キュケオンといったアルコール度数の高い酒をこれらで割って飲むのも良しである。

 すると、俺の言葉に猫獣人のミーシャが不思議そうに俺を見つめて言った。


「コミュはお酒苦手にゃあ?」

「ええ、ビール……じゃなくてエールくらいなら五、六杯はいけますね。赤ワインだと三杯程度かな。あとはひたすら水になります」

「凄い魔法使いなのに意外にゃ」

「いやいや、ミーシャさん。魔法が使える事とアルコールに強い事には何の関係もありませんよ?」

「お酒に強くなる魔法があるって聞いたことあるにゃよ?」


 ああ、なるほど。ミーシャの言ってるのはアルコール分解の魔法だな。

 名前はグレートタイガー。はるか昔に賢者が作り出したというオリジナル魔法だ。

 まあ、日本語の大虎から取ったんじゃないかと推測してる。

 でも、大虎って、泥酔した人のことだと思うんだけど┅┅

 まあ、ここは異世界だし突っ込むのはやめておこう。


 このグレートタイガー。俺も使えるんだけどさ、この魔法が何で必要なのかいまだに意味が不明なんだよね。

 だって、酔っぱらうために酒を飲むのに、酔いを醒ましてどうするの?

 じゃあ、酒を飲まなきゃ良いのにさ。

 昔、王立魔法学園主催の卒業記念パーティーに在校生代表として呼ばれた俺が、卒業する先輩にそんなこと言ったら笑われた。

 酒席で酒を飲めないと、色々不都合が発生するとかなんとか……


 言葉は濁されたが、あれ多分アルハラだな。アルコールハラスメントってやつ。

 俺の酒が飲めないのかー!? ってやつだ。

 異世界にもあるんだよねえ。

 酒のトラブル。

 俺はとりあえずミーシャに、アルコール分解の魔法について説明してやった。すると……


「よっしゃ、コミュ。美味い料理を持ってきたぞー!」

「お待たせしましたー」


 台所にいたグレタとメイドのチュアラがやって来た。

 両手に美味しそうな料理が乗せられた大皿を持って。

 うんうん、楽しみだ。

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