第12話 就職決定!

 可愛いメイドさんがいれてくれた紅茶を飲み終える頃、副ギルドマスターのキリンが戻ってきた。

 手には書類の束。一枚や二枚じゃねえ!

 ホッチキスで絶対止められねえ厚さだ。

 嘘やろ……

 冒険者登録用紙って、そんなにあるの?

 俺が不思議そうな顔をしている事に気付いたのか、キリンが苦笑しつつ答えてくれた。


「ごめんなさいね、コミュ・ショーリナさん。今回の件の始末書やギルド本部への報告書も含まれてるの。ああっ、でも全部に目を通す必要は無いから署名だけくださるかしら?」

「ああ、はい。分かりました」


 すると、近くに立ってた美人メガネ秘書さんがキリンから書類を受けとると社長椅子に座る俺の所にまで持ってきた。


「では、マスター。まずはこちらからお願いします」

「はーい」

「署名すべき物は多いのでお急ぎください」

「は、はい」


 美人秘書さんが俺の目の前に置いた紙に何て書いてるのか、のんびり読もうとしたら叱られたよ。さっさと書けって事だろう。

 仕方なく俺は豪華な机に備え付けられてた羽ペンを取るとインク壺へ浸し、秘書さんに言われた場所へ自分の名前を書いていく。

 よし、出来た。


「では、次はこちらに署名を」

「はい」

「次はこれをお願いいたします」

「はい」

「次はこれです」

「はい」

「次はこちら」

「はい」

「次」

「はい」

「まだまだありますからお急ぎを!」

「……は、はい」


 ほんと、多すぎだろ!

 こっちの世界の紙はだいたい羊皮紙なんだけど、日本の紙と比べると値段が高い。

 例えば日本の紙が一枚で一円だとしたら、異世界の羊皮紙は千円くらいの感覚だ。

 だから、平民にとって手紙は贅沢品になる。

 それをこんなに使うなんて、冒険者ギルドは儲かってるなあ。


 だいたい、識字率の低いこの世界で冒険者登録に必要な書類がこんなにあったら誰も登録できないんじゃないか?

 名前を書くだけで冒険者なるの止めようってなりそうだ。

 まあ、代筆という手もあるか……

 それにしても多い。多すぎる!


「ラスト二十枚です」

「ま、まだあんの?」


 俺は腱鞘炎(けんしょうえん)になりそうなくらい頑張ったよ。

 次からハンコ作って持ち歩きたい。


「以上で終了です。マスター、お疲れ様でした」


 美人秘書さんが眼鏡をクイッと上げると書類をまとめ俺とキリンに頭を下げて出ていった。

 おおっ、できる秘書って感じがするわ。

 それにしても、マスターか……

 メイドさんからマスターって言われるのはホンワカするけど、秘書さんからマスターって言われるのは何か嫌だな。

 働かされてる気がする。

 俺は働きたくない!


「さあ、コミュ・ショーリナさん。これで冒険者登録とその他の必要書類は全部終わりましたよ」

「はあ、凄い量でしたねえ」


 俺が溜め息混じりに呟くと、猫獣人のミーシャが気になることを言う。


「コミュは大変だにゃあ。あたしの登録は一枚ですんだにゃん。最近変わったのかにゃ?」


 なな、なんだと?

 ミーシャの言葉に驚愕する俺。


「当然、あたいも一枚だ!」

「二人とも、書類は全て私とサーシャに押し付けたのによく一枚ですんだとか偉そうに言えますね?」


 神官のマリエのジト目にそっぽを向く戦士のグレタ。一方、ミーシャは平然として笑ってる。

 そういや、この二人は読み書き苦手だったな。

 これが普通だよ。

 始末書等が入っていたとはいえ、ありゃおかしいよな。


「さて、コミュ・ショーリナさん。これから冒険者カードを作るのだけど……あなたの血をいただけるかしら?」


 いつもニコニコ笑ってるキリン副ギルドマスターがそんなこと言うとドキッとするな。

 だが、驚く必要はない。冒険者カードには血が一滴必要なのだ。

 これは王立魔法学園の学生証にも使われている技法。

 なんと、異世界では大事なカードを盗まれても本人以外が使えない魔法技術があるのだ!


 凄いよね?

 これって日本で言えばDNA鑑定みたいなものだよな。

 異世界って進んでいる所は現代日本より進んでるよ。

 俺はキリンに言われるがまま、渡されたナイフで親指を傷つけ流れてきた血を小皿に落とす。


「はい、結構です。冒険者カードの作成は半日ほどかかるので明日にでも取りに来てください」

「分かりました。色々とありがとうございました」

「これから、よろしくお願いしますね。コミュ・マスター」

「はい、こちらこそ」


 あれ、何でキリン副ギルドマスターが俺をマスターって呼ぶの?

 あっ、もしかしてメイドさん達の言葉がうつっちゃった?

 うん、これは恥ずかしい。

 心なしかキリンさんの顔も赤くなってるようだ。


 触れないでおいてあげよう。

 俺は突っ込みを入れることなく、礼をして豪華な部屋を後にした。

 こうして、俺は冒険者への道を踏み出したのだ。

 もう、シゲイズ副宰相の小言なんて怖くないもんねー。

 さて、帰って寝るか?


「じゃあ、今日はコミュの冒険者登録を祝って飲むにゃあ!」

「おし、あたいらの家でやるか? それともギルドの酒場で済ますか?」

「うーん、私達の家でやりましょう。コミュさんがウザイ冒険者を消してくれたとはいえ、まだまだ変なのはいますからね」


 何か物騒なこと言ってるな。

 でも、嬉しい。

 俺は前世も今世もあまり酒は飲めない口だが、今日は飲んじゃおっかなあ。

 俺は冒険者チーム『妖精女王ティターニア』のメンバーに連れられ、彼女達の家に行くことになった。


 あれ……

 これって、いわゆる打ち上げだよな?

 俺の就職祝いで女友達の家で打ち上げパーティー。

 よくよく考えたらこんな経験初めてだぞ!


 やべえ、俺、今リア充じゃね?

 前世も今世もヒキニートな俺だけど、異世界ではリア充体験できるようになったんだ。

 感動だよ!

 ただ、何か忘れてるような気がするのは何でだろう……


 まあ、思い出せないってことはたいした理由じゃないんだろう。

 今は冒険者になれた事だけを喜ぼう!

 これで、シゲイズ副宰相も文句はないはず。

 そして、頃合いを見て脱サラだ。

 それから始まる、俺の異世界ヒキニート生活。

 やってやる。俺はやってやるぞー!

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