第8話 勧誘

 上げて下げる。

 たったこれだけで、俺は冒険者チーム『妖精女王(ティターニア)』の心をつかんだ。

 いや、心理学的な話をしてるわけじゃない。

 ただの飛行魔法さ。エレベーターのように俺の体を上げて下げただけ。

 これを披露した結果、俺が大魔導師(アーク・ウィザード)であることを納得させることができたって話だ。


「凄い凄い凄いにゃコミュ! こんな凄い魔法は初めて見たにゃ!」

「なんだよ、コミュ。お前、本物のアーク・ウィザードじゃねえか。紛らわしいことすんなよな」

「ご無礼の数々、お許しください。大魔導師のコミュさん」

「分かってもらえてよかったです」


 みんな、大興奮。

 まあ、無理もない。

 飛行魔法は超級魔法。古くから伝わる物語等にも登場する庶民に人気の魔法だ。

 だが、難しい魔法なのでお目にかかる事はまずない。

 だからこその反応だった。


「コミュは魔法の天才にゃあ」


 猫獣人のミーシャがちっちゃい体で俺に抱き付いてくる。

 凄いはしゃぎようだ。

 俺の右腕を掴みながらピョンピョン跳び跳ねる。猫耳がピコピコしてて凄くかわいい。


 まあ、ミーシャはチームの斥候役である盗賊シーフ。だから、この魔法の利便性に気付いたのかもね。

 少し高度を上げて見回すだけで敵がいるとか分かるし、道に迷った時も便利だしさ。斥候にはたまらない魔法だろう。


「なあ、コミュ。お前、パジェロ……冒険者になるっつったよな? じゃあ、あたいらのチームに入らねえか?」

「まあ、グレタ。それは素敵な提案です! チームリーダーの確認を取る必要はありますが、サーシャなら喜んでくれると思います」

「うんうん、コミュが入ってくれたら百人力にゃ!」


 ややっ、グレタの意外な発言。冒険者になる前に冒険者チーム『妖精女王ティターニア』に勧誘されちゃったよ。

 ミーシャやマリエも異存は無いようだ。


 むしろ、ノリノリ。

 ふむふむ。冒険者に魔法使い(マジック・ユーザー)は少ないようだし、これは当然の反応なのか。

 うーん、だけどなあ。俺、冒険者になってもソロでダラダラやる予定だったんだ。そのうち辞めたいし。

 どうしようかな……


「ああっ、コミュ、迷ってるにゃ? 今なら野宿の時あたしの添い寝もついてるにゃよ?」

「し、仕方ねえ。あたいの添い寝もつけてやるぜ!」

「サーシャにも頼みましょう。コミュさん。エルフの添い寝ですよ!」


 なんなの、この展開?

 ミーシャはまだ分かる。

 猫獣人だし子供っぽいし、愛猫と一緒に布団に入る感覚だな。俺も性欲は押さえられる。


 だが、グレタ。お前は駄目だ。

 彼女は男っぽい言葉づかいとは真逆の体型。

 ボンッキュッボンッの男が女に望む理想のボディなのよ。

 もちろん、俺の個人的な見解だけどさ。


 こんなのが隣に寝てたら前世で34年。今世で16年。合わせて50年の童貞キャリアが崩壊してしまいそうだ。

 エッチな事はいけないと思います!

 そして、マリエ。自分は安全圏に逃れてリーダーを差し出したね?

 ちゃっかりしてらっしゃる。


 しかし、妖精女王ティターニアのリーダーはエルフ。

 そう、元日本人としては憧れの異世界種族だ。

 ああ、この提案は魅力的すぎる。

 どうしよう?

 働きたくないから冒険者になるはずだったのに……


 ある意味、働き者(意味深)になりそうじゃねえか。

 どうする、俺!? 

 どうすりゃいいんだ、俺ーーーーーーーー!?


「ああっ、コミュが真剣に悩んでるにゃ!」

「あと、もう一息だぜ。マリエ!」

「わ、私?」

「マリエもコミュに添い寝をしてあげると言うにゃ」

「しかし、私は大地の女神ルナ様にお仕えする聖職者ですし……」

「ですしもお寿司もねえんだよ! 大魔導師(アーク・ウィザード)がうちのチームに入るかどうかの瀬戸際なんだ。体を張りやがれ!」

「そ、そんなあ」


 頑張れマリエ。

 俺が言うことじゃ無いかもしれんが、もう一息だ!

 彼女は聖職者らしく慎ましいが、美人だし出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んでる。

 これに迫られたら、童貞ヒキニートの大魔導師なんてイチコロだろう。

 つまり、俺な!


 あと、グレタ。あんた、お寿司知ってるの?

 いや、異世界に米があるのは知ってるし俺も何度も食ってるけど、お寿司があるのは知らなかったぞ。

 どこで食えるの?

 後で教えてもらうとしよう。


「じゃあ、私は先ほどコミュさんが言っておられた洗濯を担当しましょう!」

「にゃるほど。さっきコミュは宿と飯と洗濯を気にしていたにゃ。それなら、宿はあたしらのチームが借りている家に来るといいにゃあ。若いメイドさんもいるにゃよ?」

「ならば、あたいは飯だ。美味い飯を作ってやんよ!」


 ええっ、ちょっ、なに、この都合の良い展開。

 個性的だが綺麗な美女三人と同棲?

 しかも、メイドさん付き?

 異世界ハーレムフラグが立っちゃったの?

 これで、ヒキニートさせてくれたら最高なんだけどなあ。


「頼むにゃコミュ。メイドさんも可愛いにゃあ」

「あたいの飯は美味いぜえ?」

「私の洗濯の腕前は教会でも評判でした!」


 よ、よし! これはもう決めちゃおうかな。

 逃すと一生後悔しそうだ。

 俺は内心、九分九厘ミーシャ達の提案を受ける方向に傾いていた。

 しかし、ミーシャのこの言葉を聞いて自分でも驚くほど冷めてしまったのだ。


「ねえ、コミュ。あたしらと一緒に働いて欲しいにゃあ」

「お断りします」


 即決だった。

 ごめんな、ミーシャ。あと、グレタとマリエ。

 いくら待遇がよくても、働くのはちょっと無理。

 日本には花より団子という言葉があるのだよ……

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