第7話 経歴詐称疑惑

 王都で人気のパン屋だった俺の実家、ショーリナベーカリーは空だった。

 そう、留守。誰一人いやしない。

 色んな国の見知らぬパンを求めて旅立ったんだと。

 お客様への貼り紙にそう書いてあった。

 世界を見て回るとも書いてたから、一週間や二週間じゃあ帰ってこないだろうな。

 その間、俺はどうすりゃいいのさ?

 お客様だけじゃなくて息子にも知らせて欲しい。

 俺、もうすぐ卒業なんすけど……

 卒業したら、学園寮は出なきゃならんし。

 その後どうするかが問題だ。


「……宿は? 飯は? 洗濯は? 俺はこれからどうやって生きていけばいいのさ!?」


 不安のあまり、思わず声に出していた。

 すると、冒険者パーティー『妖精女王(ティターニア)』の面々が心配して声をかけてくれる。


「コミュは今日の宿を探してるにゃ?」

「なんだよ、コミュ。お前、もしかして文無しか?」

「ああ、それで実家の人がいなくて困ってたのですね」


 違います。

 四、五日分の宿代程度のお金はあるんだ。

 そもそも、宿は学園まで帰れば学園寮がある。

 だから、全然困ってない。

 困ってるのは将来設計。

 俺の異世界ヒキニートライフがピンチなんですよ。

 マジでどうしよう?


「コミュが冒険者なら良かったのににゃあ」

「そうだな。そうすりゃ冒険者の宿がタダで使えたのによ」

「あそこは無料の朝食も付きますからねえ」


 え、なに、その夢のような生活。

 もしかして、冒険者って王立魔法学園みたいに王家から補助金でも出てるのかな?


「ところで、コミュは冒険者ギルド行くって言ってたけど、これからすぐ行くにゃあ?」

「ああ、そうだったな。どうすんだよ、コミュ?」

「二人とも! コミュさんは突然実家のパン屋さんが消えてしまって傷心なんですから、もっと気を使ってあげてください!」


 いえ、マリエさん。俺の実家は残ってますよ。

 消えたのは両親とショーリナベーカリー従業員だけです。

 意識高い系な言い訳してたけど、あれはただの社員旅行だな。儲かったから一息入れたかったんでしょ。

 くそ、こんなことならもっと連絡を密にしてりゃあ良かったよ。


「しかし、コミュは何しに冒険者ギルドへ行くにゃあ?」

「それはあたいも気になってた! 魔法学園の生徒なら素材集めか? それともモンスター討伐か? それなら、あたいらに指名依頼してくれ! 頼むよ! なっ?」

「ちょっとグレタ! がっつきすぎよ!」


 猫獣人のミーシャはいつもは細い目を真ん丸にして、男装美人のグレタは掴みかからん勢いで、そして落ち着いた雰囲気のあるマリエは、グレタを押さえながらも興味津々な様子で俺を見る。

 まあ、カーレン王国で魔法学園の学園生が冒険者ギルドへ行くなんて滅多にないことだからね。

 そりゃ不思議に思うよな。

 だから、俺は正直に教えてやったよ。


「残念ながら依頼じゃないです。就職しに行くんですよ」

「おおっ、コミュは冒険者ギルドの職員になるにゃ!?」

「ちょっ、マジかコミュ?」

「まあ、凄いですわ。大魔導師(アーク・ウィザード)のコミュさんなら出世間違いなしでしょう。これからは我らが冒険者チーム『妖精女王(ティターニア)』をよろしくお願いいたします!」


 おっと、彼女達も勘違いしたか。

 マリエさんに至っては営業トークになっちゃった。

 うん、ここはきちんと説明しておくか。


「ええっと、皆さん。俺は冒険者ギルドの職員になるんじゃありませんよ」

「やっぱり依頼にゃ?」

「あたいらに指名依頼してくれ!」

「二人とも騒ぎすぎよ」


 俺の実家前で賑やかに語り合う女性冒険者たちに自然と笑みが浮かぶ。

 前世では対人関係が苦手で、女の子たちとはマトモに話せなかったけど……

 異世界の俺は大魔導師、つまりアーク・ウィザード。

 高位の魔法使いだ。

 この自信が女性との会話でもいかされているようだ。

 何事も気の持ちようなのかもね。

 でも、今は会話を楽しむより誤解を解いておこう。


「いえいえ、俺は冒険者登録に行きたいんです。皆さんと同じく冒険者になるためにね」

「にゃっ!?」

「はあっ!?」

「うそっ!?」


 姦し三人娘が固まってしまった……


「正気にゃ?」

「馬鹿なの?」

「どうして?」


 あっ、復活した。

 いいじゃん、別に。自分たちだって冒険者なのにさ。

 でも、いちおう説明しておこうかな。


「冒険者が気楽そうだからですね。もちろん、危ない依頼は受けませんよ? 安全第一に、たまーに働いて、後はノンビリ暮らすのが俺の理想なので」


 異世界転生ならスローライフが定番でしょう!

 俺はその上。異世界ヒキニートライフを目指すけどな。


「もしかして、コミュは魔法学園を退学になったにゃ?」

「何やらかしたんだよ、コミュ!?」

「魔法学園を退学になった人が冒険者になったって話は聞いたことあります」


 うーん、なぜそうなる?

 魔法学園卒業生が冒険者になるのはそこまで珍しいのか。


「でも、コミュは卒業間近の第十学年だって言ってたにゃ。卒業目前に退学とか有り得るのにゃあ?」

「ああ、聞いたことあるぜ。たしかうちのギルドマスターのシェケナは魔法学園卒業間近に退学になったって話だ。でもよ、あたいはそれ以前にコミュの話は全部嘘じゃねえかと疑ってるんだ。だいたい、コミュは若すぎだろう。魔法学園を卒業する奴はもっと歳くってるよな?」

「そんな……コミュさん、卒業も大魔導師の資格も嘘だったんですか?」


 おいおい、ついに俺の経歴詐称疑惑が持ち上がったよ。

 冒険者になるってだけでこの言われよう。

 まあ、日本で言えば東大医学部卒業生が就職先に土木作業員(ドカタ)を選んだって感じかな?

 三人ともショックだったのか動揺してる。

 そして、冒険者ギルドのマスター。シェケナさんだっけ?

 あんた、何をやらかしたのさ……

 すごく気になるけど今は俺にかけられた嫌疑をなんとかしよう。


「いえいえ、本当ですよ。だいたい、大魔導師(アーク・ウィザード)の資格を持ってる学園生が卒業できないわけないじゃないですか」


 むしろ、卒業したくない。王立魔法学園はヒキニートには最高の環境だから。

 じゃあ、いっそのこと魔法学園に就職したらいいのに?

 それは違う。

 俺は働きたくないんだ。

 学園には残りたいが、学園生と学園職員じゃあ全然違うんだからね。


「うーん、魔法学園の生徒がパジェロになりたいとか言うかにゃあ? しかも、アーク・ウィザードが┅┅」

「そうだそうだ! 大魔導師がパジェロになりたいとか言うわけがねえ!」

「みんな、パジェロじゃなくて冒険者って言いなさい! でも、確かにそうねえ」


 おっと、いちおうマリエがパジェロに関して二人を注意してる。まあ、パジェロは日本で言えばドカタと同じ差別用語的な扱いだからね。

 ちと、お下品だ。

 しかし、困ったなあ。

 どうすれば、三人娘の誤解を解けるのやら……

 まあ、制服着てるし魔法学園近くの乗り合い馬車停留所で出会ったから、俺が魔法学園の学園生だってとこは疑って無いようだけどさ。


 俺は実家があるサザン大通りのショーリナベーカリー前で空を見上げた。

 いい天気だ。

 こんな日は飛行魔法で空の散歩と洒落こみたいな……

 ん?

 飛行魔法。

 ああっ、それだよ!

 俺が大魔導師であるアーク・ウィザードだって証明すればいいんだ。

 飛行魔法は超級魔法。使えれば大魔導師確定じゃん。

 しかも、誰にも迷惑かけない魔法。

 よし!


「では皆さん。俺が大魔導師であることを証明しましょう」

「どうやってにゃあ?」

「おおっ、攻撃魔法でもぶっぱなすか!?」

「ダメですよ、コミュさん。危ないことは、めっ! ですよ?」


 俺は彼女達の質問には答えず、ただ黙って飛んで見せた。

 サザン大通りにあるショーリナベーカリー前で真上に。

 ぐんぐん上り、百メートルほどでピタリと止まる。

 そして、今度は下に向かってゆっくり下りた。

 まるで、エレベーターのようにね。


「な、なんにゃあ!?」

「こいつ、空を飛びやがった!」

「しかも、無詠唱ですよ!」


 これで、俺の経歴詐称疑惑は解けたかな。

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