第6話 ショーリナベーカリー
異世界において遠距離移動手段は馬か馬車だ。
まあ、大魔導師(アーク・ウィザード)クラスになれば飛行魔法が使えるが、魔力をかなり使うので人気はいまいち。
俺は異世界転生した日本人だからか魔力はそうとう多いが、それでも多用できないほど飛行魔法は効率がよくない。
普通の大魔導師なら一時間。俺なら三時間ほど飛ぶと魔力が尽きてしまう。
よって馬車は必需品だ。
そのせいか、異世界の馬車は進んでいる。
思ったより揺れが少なく、座り心地がとても良いのだ。
それは乗り合い馬車という庶民の馬車でも同じ。
今、俺たちは居心地の良い馬車に乗り込み会話を続けていた。
「皆さんは冒険者のチームを組んでるのですか?」
「そうにゃ。あたしはDランクの盗賊。シーフのミーシャにゃ」
「あたいはグレタ。見ての通り戦士だ。ミーシャと同じくDランクのな」
「私は女神ルナ様の神官でマリエと申します。このチームではヒーラーをしてます。ランクはCランク。それから、私たちのチーム名は『妖精女王(ティターニア)』と言います。以後、お見知りおきを」
ほうほう。たしか冒険者はGランクが一番下だったから彼女たちは中堅ってとこか。
まだ若いのにやるなあ。
「あらためまして、俺は魔法学園の第十学年生。コミュ・ショーリナと言います。妖精女王(ティターニア)の皆さんは主にどんなお仕事をされてるので?」
「最近は素材集めが多いにゃあ。今日も魔法学園の何とかっていう人から依頼された生きた魔物の卵を届けたにゃ」
ああ、ハイハイ。フレディ教授だね。魔法学園では魔物調教。いわゆるモンスターテイム学を受け持つ人。生きた魔物の卵を使う先生はあの人だけだからすぐ分かる。
卵の殻なら、付与魔法学のリンゴス教授が第一候補だけどね。
生きた魔物の卵ならフレディ教授で決まりだ。実は俺が選んだ卒業論文担当教授でもある。
無口だが研究熱心な良い先生だよ。見かけはアレだけど┅┅
「本当はモンスター討伐に行きてえのによう」
「実は私たちのチームはリーダーが一時離脱してるのですよ。彼女がいない間は無理ができません」
なるほど。冒険者は四人以上のチームが多いからな。三人だと不安もあるんだろう。
しかし、リーダーが抜けてるのか……
「その方はどんな職業(ジョブ)なのですか?」
「彼女はAランクの冒険者で精霊魔法の使い手ですよ。名前はアレクサンドラ。私たちはサーシャと呼んでいますが。あと、弓も使いますね。精霊弓士のエルフなんです」
な、なんとエルフかよ!
いや、俺とて元日本人。
こっちに来てエルフを探さなかったと言えば嘘になる。
日本の皆さん、いますよ異世界にエルフ。
けっこう王都で見かけますから。
あと、小さいけどエルフの国なんて物もあります。
いつか行ってみたい!
「ああ、コミュったら顔がニヤケたにゃ!」
「ふん、お前もエルフ好きか」
「まあ、サーシャは美人なので出会った男の方は皆さん喜びますが……」
「いえいえ、皆さんも美人ぞろいじゃないですか。ああ、だから、チーム名が妖精女王(ティターニア)なんですね?」
エルフファンなのがバレそうになったんでフォローしておく。
実際、彼女たちはかなり綺麗だ。
ミーシャは子猫みたいな可愛さがあるし、グレタは宝塚の男役みたい。マリエにいたってはアイドルのような雰囲気がある。
「照れるにゃあ、コミュは誉め上手にゃ」
「こいつぜってえスケコマシだな。大銅貨一枚賭けても良いぜ」
「あら、ありがとうございますコミュさん」
三者三様の反応だが悪い感じはしない。
良かった良かった。
あと、グレタさん。俺はスケコマシじゃありませんよ。前世も今世も童貞ですが何か?
「あっ、王都の正門が見えて来たにゃ!」
突然のミーシャの言葉に俺は馬車から外を伺う。
王都を囲う城壁はずっと見えてたが、正門は見えていなかった。それが今、確かに目視で捉えることができた。
「本当だ。王都正門ですね」
「なんだよ、けっこう馬車が並んでんじゃねえか!」
「これは時間がかかりそうですね」
さすがに王都だけあって人の流れが多い。
そして、審査もある。
簡易的なものだが人が増えれば時間もかかるのだ。
あっ、もちろん貴族は審査無しで通れる。
平民とはこんなとこからして違うのだ。
さて、俺たちが乗った乗り合い馬車も行列に並び小一時間が経過する。
ようやく順番が来た。
衛兵が近づいてまず御者に尋ねる。
「おおっ、さっき出ていった王都周辺行きの乗り合い馬車の御者だな。客は何人だ?」
「へい、冒険者の方三名と魔法学園の生徒さん一名です」
「合計四人か」
そう言うと、衛兵が馬車の窓からこちらを覗く。
「よう、貧乏冒険者のティターニアじゃねえか。貧乏のくせに乗り合い馬車を使うなんて贅沢だな?」
「うるさいにゃ! 魔法学園が交通費くれたにゃ。たまにはあたし達だって贅沢したいにゃ」
「相変わらずマルコは失礼な奴だぜ」
「そんな態度だからサーシャに嫌われるんですよ?」
どうやら門を守る衛兵と妖精女王(ティターニア)の面々は知り合いらしい。
あと、リーダーのエルフさんに嫌われるとか……哀れだ。
「くくく、そうかよ。まあ、これも仕事だ、怒んなよ。おっと、こっちは魔法学園の生徒さんか。冒険者どもに変なことされなかったかい?」
この衛兵、意外と気さくな人のようだ。
「ええ、仲良くしてもらいましたよ」
「そいつは良かった。それで王都には何用で来たんだい?」
「実家に帰ろうかと。東側のサザン通りにあるショーリナベーカリーっていうんですけど」
「ああ、あの人気のパン屋の息子さんか! あれ、そういや親父さん今朝見かけたぞ。ショーリナベーカリーの看板張り付けた馬車で王都から出ていってたな……」
え?
どこに行ったんだろ?
まさか親父のやつ、自分で買い出しとか?
いやいや、うちの店は儲かってるから従業員も多い。
買い出し程度なら従業員を使うだろ。
この衛兵さんの見間違えかな?
まあ、両親いなくても従業員とは顔見知り。
誰かに言付けを頼めばいい。
しかし、忙しいのにどこ行ったんだ?
とにかく、行ってみれば分かる事か。
「よし、通っていいぞ」
俺の心配を余所に衛兵が馬車の審査を終えて王都入りの許可が出る。
その後、俺たちは正門近くにある停留所で乗り合い馬車を降り、徒歩で王都東側へ向かったのだった。
もちろん、目指すは俺の実家、ショーリナベーカリー。
「ああ、楽しみだにゃあ。久々にラスクをお腹一杯食べるんだにゃー」
「あたいは、ホットドッグ十個は食うぜ!」
「みんな、お下品よ」
「じゃあ、マリエはサンドイッチ一個だけにゃ」
「残りは全部あたいが食ってやんよ」
「あげません!」
ワイワイ話しながら石畳の道を歩く。
王都は本当によく整備されていて歩きやすい。
それに大通り以外は歩行者優先で、馬車もスピードを落としてくれる。
ほんと、異世界って素晴らしい。
これで、ネットがあれば文句ないんだけどなあ。
「あっ、コミュ、見えたにゃ!」
「おおっ、今日は行列が出来てねえじゃねえか!」
「あら、本当ね。珍しいこと」
「あ、あれ?」
サザン通りを歩いていた俺たちは異変に気付く。
目的地であるショーリナベーカリーが見えているにもかかわらず、人が全然いないのだ。
客も従業員も。
そもそも、店が開いていない。
どういう事だ?
「コミュ、お店開いてないにゃ」
「なんだよ、定休日か?」
「いえ、定休日はビーズー様の日だったはず」
「ええ、そうですね。俺が生まれた時から定休日はビーズー様の日でした」
ここカーレン王国では、一週間が神々の名前で呼ばれている。
ビーズー様は火の神。つまり、日本で言えば火曜日だ。
今日は土の女神ルナ様の日。つまり、土曜日だ。
ここカーレン王国では安息日。つまり、みんなが休む日本で言えば日曜日的なものはない。
商売人は好きな曜日に休みをとる。
あるいは、従業員の休みをバラけさせて毎日営業する店もある。
だが、休みの多い曜日はあるのだ。
それは大地の女神ルナ様の日。つまり、土曜日。
そして、太陽の女神ユーミ様の日。つまり、日曜日。
この二つの神は信者数が多い。だから、この日に休んで教会に行って祈りを捧げ、残った時間はショッピングでもして楽しもう。そんな人が多いのだ。
要するに大地の女神ルナ様の日はお客さんが多くなる稼ぎ時。
商売人としてこの日に店を閉めるなんてバカのすること。
事実、うちの両親は大地の女神ルナ様の信者だが、店の定休日は火の神ビーズー様の日にしていた。
俺が生まれた時からずっとね。
それなのに我が実家は固く門を閉ざしている。
どうした、ショーリナベーカリー?
「あっ、コミュ。なんか張り紙が貼ってるにゃ!」
「どれどれ……なんて書いてんだ?」
「ええっと、読みますね。『お客様各位。大変申し訳ありませんが、我らショーリナベーカリーは更なる発展のためしばらく休業させていただきます。世界を周り新しいパンとの出会いを求め旅に出ることに決めたのです。我々はパン職人として立ち止まることなく、よりパン道の高みを目指していく所存であります。ご贔屓にしていただいたお客様方には本当に申し訳ありません。ですが、修行より戻ってきた暁には、必ずや皆様の笑顔という最高の花を咲かせる物をご提供できると信じております。皆様の御理解、御協力を心よりお願い申し上げ奉ります。ショーリナベーカリー店主』って書いてますね」
「へー、難しいこと書いてるにゃ」
「要するに旅に出たってことか?」
「ええ、そのようですね」
異世界では文字が書けたり読んだりできるだけで一種のステータスになる。
どうやらミーシャとグレタは読めないらしい。だが、マリエはさすが神官だけあって読み書きは大丈夫みたいだ。
いや、そんなことより今は実家のパン屋。ショーリナベーカリーだよ。
なに、この意識高い系の文章。
確かに異世界での両親は優しく真面目でパン屋として頑張ってきた。
だが、ここまで熱心じゃなかったよな。
たぶん、これ、あれだ。忙しすぎて単純に休みが欲しかったんだろ?
しかし、困った。俺のヒキニートライフがまたしてもピンチだ。
「どうするにゃ?」
「まあ、休みならしかたねえ」
「ええっと、コミュさん。大丈夫ですか?」
「……え、ええ」
いや、大丈夫じゃねえよ!
これからの人生、マジでどうしよう?
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