第5話 女冒険者

 就職先を決めた俺は王立魔法学園の応接室を出た。

 本当なら、学園寮にある俺の部屋でノンビリ読書でもしたかったのだが……

 しかし、副学園長にして王族のレオ様が言ったあの言葉。


「あんまりノンビリしてると、シゲイズがまた怒鳴りこんで来るぜ?」


 そう、この言葉に全ての予定を狂わされた。

 そうだ。ぐずぐずしてるとシゲイズ副宰相がまた怒鳴りこんで来る。

 そしたらまた貴重な俺の時間を取られる。

 そうならないためにも、嫌だけどさっさと就職を決めてこよう。

 幸い、俺の就職先は厳正なるダーツの結果パジェロに決まった。

 つまり、冒険者だ。

 冒険者は日本で言えばフリーターみたいなイメージ。


 働きたくない元ヒキニートの俺にはピッタリだろう。

 まあ一度、冒険者になっておいてシゲイズ副宰相のごり押しをかわせればいい。

 後は脱サラして優雅なヒキニート生活を送るのだ。

 実家は王都で人気のパン屋。

 かなり稼いでいるから、俺一人養うくらいどうってこと無いはず。


 そうと決まれば善は急げ。冒険者登録に行く前に実家へ挨拶に行こう。

 俺が帰るとなったら優しい両親は喜んで受け入れてくれるだろうが、親しき仲にも礼儀ありと言うしね。

 ちゃんと挨拶はしておこう。


 そういや、この一年一度も帰ってなかったな。

 大魔導師アーク・ウィザードの資格審査に卒業論文に卒業試験と色々忙しかったから。

 それに異世界じゃあ電話もメールもできないしね。

 連絡手段として手紙はあるけど、紙も郵送代も高いのよ。だから、ついつい連絡もせず引きこもっちゃう。

 よし、ちょうどいい。

 懐かしき我が家に里帰りだ。

 俺は帰省するため王立魔法学園の正門へと向かった。



「これはこれは、お珍しいですねコミュ大魔導師。本日はどちらへ行かれるのですか?」


 正門へ到着するなり守衛が声をかけてきた。

 彼らは本当に仕事熱心で、王立魔法学園の関係者の顔と名前は全て暗記しているらしい。

 俺はめったに外へ出ないのに、ちゃんと覚えていたのは流石だ。


「ええ、実家と冒険者ギルドへ行こうかと」

「ほう、冒険者ギルドですか。魔法研究で使う素材でも依頼しに?」


 守衛のおじさんは首を捻りながら俺に尋ねてくる。

 まあ、たいていの魔法研究で使う素材は学園側で準備してくれるし、在庫が無い時でも学園側で速やかに取り寄せてくれる。

 よほどレアな素材は冒険者ギルドへ依頼する事もあるようだが学園生が出向くのはマレだ。


 なにせ冒険者はパジェロ。すなわち、自分勝手で喧嘩っ早い野良猫のような職業と思われているからね。

 王立魔法学園にいる学園生の大半が貴族であり、その他の平民学園生も真面目でおとなしい子が多い。

 だから、野蛮な冒険者との折衝など難しいのだ。

 そういう理由から、守衛のおじさんは俺が冒険者ギルドへ行くのが不思議なんだろう。


「いえいえ、素材の依頼じゃなく就職しに行くんです」

「おおっ、冒険者ギルドへ就職ですか!? 大魔導師アーク・ウィザードにして主席卒業生のコミュ様が冒険者ギルドへ入るなら、すぐに幹部……いや、地方都市のギルドマスターにでもなれそうですね!」


 あっ、俺が主席卒業生になったことは守衛さんも知ってるのね。異世界は個人情報駄々漏れですわ。

 あと、俺は冒険者ギルドの職員になるんじゃなくて冒険者になりに行くんだけど……

 めんどいから説明はいいや。


「それでは、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ。頑張ってください!」


 守衛のおじさんからの激励エールを背に受け、俺は目的の場所へと向かう。

 近くに乗り合い馬車の停留所があるのでそれを使って王都に入るのだ。

 実はカーレン王国の住所録では王立魔法学園は王都にあるとなっている。だが、現実には王都に無い。


 分かりやすく言えば日本で大人気の遊園地である東京デ〇ズニーランド。

 あれ、東京と名前についてるけど実際は千葉県じゃん。

 そんな感じ。

 王都は高い壁に囲われた都市だが、王立魔法学園はその壁の中にはないのだ。もちろん、王都のすぐ側にはあるんだけどね。

 学園の規模が大きすぎたので王都内には収まらなかったらしい。あと、授業でけっこう危ない魔法を使うので近隣住民の安全のためにも離されたとか。


 そういうわけで、俺が王都内へ行くための乗り合い馬車停留所に向かうと冒険者が三人いた。

 どうやら女性だけのチームみたいだ。ここにいるということは、王立魔法学園がらみの依頼を受けたのだろう。

 三人とも若く見えるが、装備は使い込まれ風格もある。

 見かけと違ってベテランなのかもしれんね。


 そもそも、学園の依頼を受けるような冒険者が新人とは思えない。けっこう難しい注文が多いからさ。

 多分だが、彼女たちは授業で使う魔法素材でも持ってきたのだろうな。

 そういや、フレディ教授が新しい魔物の卵が欲しいって言ってた。

 あっ、シカゴ助教授もオーガの睾丸を探してたな。

 ほんと、無理難題が多くて大変だろう。


 たいていは、そういった素材は学園側で準備するが……

 時々、教授の気まぐれで授業内容が変わったりする。

 そんな時に便利なのが冒険者なんだ。

 よくやるよ。

 自慢じゃないが、うちの教授達が出す依頼は危険な物が多い。まあ、依頼料も高額なので引く手あまたらしいけどね。

 俺は冒険者になっても危険な仕事はノーサンキューだ。ヒキニートには無理ゲーっす。

 俺は先輩になるだろう冒険者たちに軽く会釈をすると、一緒に乗り合い馬車を待つことにした。


「ねえねえ、あんた魔法学園の生徒さんだにゃあ?」


 ぼんやりして待ってると冒険者の一人が話しかけてきた。

 茶色い革鎧を装備し二本の短剣を腰に差した女性の猫獣人のようだ。おそらく、斥候役の盗賊、シーフかな。

 獣人の年齢は分かりにくいが、俺と同じくらいに見える。

 髪は茶髪で猫耳がしっかりある。ややたれ目でノンビリとした口調だ。


「ええ、そうですよ」

「ふーん、見たところまだ若そうにゃ。四年、いや五年生くらいかにゃ?」

「いえ、第十学年に在籍してます」

「十年生……って、もう卒業にゃ!?」

「はい、もうすぐ卒業式ですね」

「わ、若く見えるにゃー」


 まあ、彼女の見立ては間違ってない。

 王立魔法学園は十年で卒業するカリキュラムだ。

 入学は十一歳か十二歳なので、卒業は普通二十一歳か二十二歳。

 俺は飛び級を重ねて五年間で卒業に必要な単位を全て取ってしまった。

 だから、歳はまだ十六歳。

 本来であれば第五学年にいるはずなのだ。


「ところで、名前はなんていうにゃあ?」

「コミュ・ショーリナですよ」

「コミュにゃ? いい名前にゃ。あたしはミーシャっていうにゃ」

「ミーシャさんですね。よろしくお願いします」

「よろしくにゃあ」


 乗り合い馬車を待つ間、俺と猫耳ミーシャの会話が続く。


「卒業ってことはコミュは魔導師のウィザード資格を持ってるにゃ?」

「ええっと、もう一つ上ですね」

「んなっ!? ちょ、お前、本当なのかよ?」


 俺と猫獣人ミーシャが話してると横から背の高い女性が割り込んできた。

 歳は二十代前半くらいの人族だ。

 革製だが、かなり重厚な鎧を身に着け剣はロングソード。

 鉄製の盾も持っているので戦士だろう。


 髪は暗めの金髪で短く切っている。

 特徴的なのが体型だ。鎧を着てても分かるボンッ、キュッ、ボンッ!

 そう、胸も腰もヒップも男の理想を詰め込んだ形。

 そんな戦士の彼女は俺のセリフ、魔導師の一つ上という言葉に動揺したようだった。


「ちょっと、グレタ! あなた、魔法学園の生徒さんに失礼よ! あと、ミーシャも敬語を使って! ここは貴族様も多いのに!」


 突然、グレタと呼ばれた戦士が叱責と共に杖で殴られた。

 ついでに、シーフっぽい猫獣人のミーシャも叱られてる。


 やったのは僧侶の服を着た十代後半くらいの女性。こちらは標準体型。

 戦士のグレタと同じく暗めの金髪。ただ、髪は長く後ろでまとめている。

 そして、彼女は茶色と緑が特徴的な神官衣を着ていた。つまり、大地の女神ルナを信仰する聖職者なのだ。

 女戦士と同じく人族。たぶん、ヒーラーなのだろう。


「いってえな、マリエ。杖で頭叩くなよ!」

「マリエは僧侶なのに短気にゃ」

「叩かれるような事をあなた達がするからいけないのです」


 うーん、女三人寄れば姦しいと言うが本当に賑やかだ。

 俺は前世も今世も女性に縁が無かったから新鮮だな。

 え?

 シゲイズ副宰相の末娘のアッキーさん?

 あれは縁じゃない。ただの知り合いだからセーフ。


「ああ、皆さん。大丈夫ですよ。俺は平民ですから。言葉づかいとか気にしないでください」

「そうにゃ? 助かるにゃあ」

「へー、魔法学園の生徒にしちゃあ良い奴じゃねえか。気に入ったぜ」

「本当にうちのメンバーがすみません。でも、コミュさんは大魔導師のアーク・ウィザード様なのですよね?」


 ミーシャとグレタは俺の提案をすんなり受け入れたが、マリエだけは引っ掛かるものがあるようだ。

 まあ、知る人ぞ知る事なんだけど、魔法学園の学園生が大魔導師であるアーク・ウィザードになれたらカーレン王国から爵位がいただけるんだよね。

 卒業後にさ。

 だから、今の俺は貴族予定者。いただける爵位は一番下の騎士爵だけど、平民と比べたら雲泥の差なんだ。

 でも、ただの最低格貴族予定者の分際で偉そうにするのも恥ずかしいから黙っておく。


「ところで、コミュは何処へ行くにゃあ?」

「王都にある実家へ行こうかと。そのあと冒険者ギルドへも行きます」

「へえ、そうにゃ」

「冒険者ギルド? お上品な魔法学園のお坊ちゃんがあんな所へ行って大丈夫かよ」

「確かにそうね。あっ、良かったら私達がご一緒しましょうか? ちょうどギルドへ報告に帰るとこでしたし」

「良いアイデアにゃ」

「おお、そうだな。護衛代は安くしとくぜ」


 なんかどんどん話が進んでるな。

 護衛代とか言ってるのは冗談だと思いたい。

 しかし、これから冒険者になる俺としてはこの申し出は大歓迎だ。


「冒険者ギルドへ行く前に実家にも寄りたいのですが、それでも良いですか?」

「実家はどこにゃ?」

「王都の東側。サザン大通りに面しているパン屋です」

「へー、けっこう良い所にすんでんじゃねえか」

「あれ、サザン大通りにあるパン屋……もしかして、ショーリナベーカリー?」


 おっと、どうやら神官のマリエは知ってるようだ。


「はい、その通りです」

「すごいにゃ! ショーリナベーカリーと言えば行列ができる人気店にゃ!」

「あたいは、あそこのホットドッグってのが大好きなんだよ! けっこうたけえが美味い」

「わ、私は卵がいっぱい入ったサンドイッチが好きです」


 おおっと、ミーシャとグレタも俺の実家を知ってたみたいだ。

 そして、マリエも含めた三人とも俺が両親に伝えたパンを気に入ってるみたい。

 まあ、今や王都の人気店だからね。当然かも。


「じゃあ、護衛代として実家のパンをいくつかご馳走しますよ」

「やったにゃ。あたしは甘いラスクが大好きにゃあ」

「ホットドッグ! コミュ、あたいにはホットドッグを頼むぜ!」

「みんながっつきすぎよ。ごめんなさい、コミュさん」

「気にしないで良いんですよ。では、マリエさんにはタマゴサンドでいいですかね?」

「す、すみません」


 こうして、楽しくおしゃべりしてると王都行きの馬車が来たのだった。


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