第2話 悪役令嬢

 俺は王立魔法学園の応接室にてシゲイズ副宰相から一枚の紙を手渡された。


「いいか、コミュショー。この紙に書いてある所から就職先を選べ。間違っても自分ちのパン屋のあとを継ぐとかは無しだぜ。その時は就職する意思なしと見なし、強制的に俺の娘アッキーと結婚だ。まあ、俺はそっちでも良いがな。よく考えて選べよ。ガハハハハ」


 んなっ!

 俺が思い描いていた逃げ口を潰しやがった!

 実は、この世界での俺の両親はここカーレン王国の王都でパン屋を経営している。

 俺は取り戻した前世の記憶から、こっちにないパンの情報を教えて売り上げに貢献してきたのだ。


 具体例を上げれば、サンドイッチとかホットドッグとかラスクとかね。

 今や王都では誰もが知ってる人気店に成長した。

 でも、教えていないアイデアのストックはまだまだある。

 だから、俺が時々新しいパンを追加で教えるだけで喜んで養ってくれると思ったのに……

 俺のヒキニート構想が潰れてガッカリした顔を見て、してやったりな笑みを浮かべるシゲイズ副宰相。


「ガハハハハ、俺はてめえの事など全部お見通しだ! じゃあ、観念して就職先を卒業式までに決めやがれよ。アッキーとの結婚も可だ。ガハハハハ、ガハハハハ!」


 高笑いと共に、シゲイズ副宰相は黒いローブを翻し応接室から出ていった。

 うーん、最後まで暗黒街のボスみたいな人だったよ。



 さて、応接室に残されたのは俺と学園長を始めとした幹部の皆さんだ。


「コミュ・ショーリナ君。本当にこれで良かったのかね?」


 嵐のようなシゲイズ副宰相とは対照的な冷静な声で俺に話しかけてきたのは、賢者(マギ)としても名高い王立魔法学園の学園長ガブリエル様。


「え、ええ。お気遣いありがとうございます、ガブリエル学園長。俺も命は惜しいので……」

「すまないねえ。シゲイズ君は押しが強いですから。しかし、本学園は自由な校風をモットーにしていたのに┅┅本当に申し訳ない」


 ヤレヤレといった感じで肩をすくめるガブリエル様。実はこの方、王立魔法学園の卒業生でもある。

 自分も自由な校風を満喫していた経験があるだけに、就職しないという俺の考えにも理解を示してくれたいい人。

 いや、実は他の先生方もたいていは王立魔法学園出身。だから、学園長と同じく俺の進路ヒキニートにもそこまで反対はしてなかったんだ。


 メチャクチャにしたのはシゲイズ副宰相ただ一人。

 自分だって王立魔法学園出身のくせにさ。ほんと、ガブリエル様を見習えってんだ。

 そういえば、シゲイズ副宰相とガブリエル様は同期の桜。けっこう仲の良い友達だったそうな。

 冷静沈着なガブリエル様が豪放磊落なシゲイズ副宰相に振り回される姿が目に浮かぶよ。


「しかし、あれほど我らの説得に応じなかったお前さんが、あっさり就職を決めるとはな。ちょっと不思議だ」


 今度は学園生主幹(がくえんせいしゅかん)をしているヴィクトール教授。

 この方は王立魔法学園の学園生全般を取り仕切る、実質学園長に次ぐ偉いお人だ。主に学園生の就職に深く関わっている。

 俺も進路(ヒキニート)のことで何度も話し合ったから、急な方針転換に驚いている様子。


「ヴィクトール教授。さすがに、俺でもシゲイズ副宰相の娘さんと結婚というのはビビっちゃいますよ」


 すると、今度は学園教務主幹(がくえんきょうむしゅかん)を務めるモアメッド教授がこう言った。

 あっ、学園教務主幹とは学園生が学ぶ魔法教育全般を司る実質ナンバー3の偉い人ね。


「コミュ君が優秀でなければシゲイズ副宰相もここまで介入してこないんでしょうがね。君は飛び級を繰り返し、しかも主席で卒業する程の傑物。まあ、当然と言えば当然か」


 そうなのだ。元日本人の性(サガ)か、俺は魔法にものすごくハマってしまった。

 勉強が全然苦にならなかったんだよねえ。

 上級魔法をわずか二年で会得し、超級魔法も三年でものにしたんだ。


 気付けば本来なら十年かかる教育過程を五年でクリアし、大魔導師であるアーク・ウィザードの資格をもぎ取り、同期の卒業生の中でも主席。つまり、トップになってた。

 今考えると軽率だったわ。

 そのせいで、シゲイズ副宰相という厄介なおっさんを引き寄せてしまったからね。


「しかし、コミュ君がアッキーさんを苦手なのは意外でしたね。彼女は学園生にも人気があるようでしたが?」


 そんなモアメッド教授の言葉に、今度は学園寮務主幹(がくえんりょうむしゅかん)のラファエル教授がこう返す。


「ええ、確かに人気のようですね。学園寮でも魔道具で作った彼女の似顔絵が溢れていました。まあ、風紀を乱しそうな物は没収しましたが」


 ラファエル学園寮務主幹も本学園の幹部だ。実質ナンバー4に当たる。

 この人は学園寮のトップ。寮生活の全てを仕切るお方だ。

 我が学園は全寮制なのでみんなこの方には世話になってるんだよね。


「じゃあ、問題ねえじゃねえか。コミュ、お前はもう成人してたよな? シゲイズには娘ばかりで息子はいねえんだからよう。いっちょ、伯爵家の跡取り狙いでアッキーとの結婚も良いんじゃねえか?」


 最後の発言は紫色のローブを着ているレオ様。この王立魔法学園の副学園長。

 ここカーレン王国では十五歳が成人である。

 十六歳の俺が結婚というのはおかしくはない。

 だからこそのレオ様の提案なのだろう。


 実はこのレオ様。一応、名目上は学園長に次ぐ偉い人。

 だが、実権はないのだ。

 だってこの人……

 王族でありながら魔法の才能が無く政治や経済にも疎いお馬鹿さん。

 困った国王陛下が何もしないことを条件に王立魔法学園へ押し込んできたのだ。


 そして、俺の理想の道を歩む先輩でもある。

 良いよねえ、親の七光りで楽して食っていけるってさ。

 俺は妙にこの人に気に入られて、俺も大好きなので大抵のことは素直に言うことを聞くのだが……

 ごめんなさい。こればかりは無理です!


「レオ様はご存じですよね? アッキーさんのこと」

「おお、美人だしスタイルも良いな。歳もお前と同じくらいじゃね? いい物件だと思うけどなあ。あっ、もしかしてお前より背が高いのがイヤなのか?」

「違います」

「じゃあ、何でだ? まあ、シゲイズのオッサンが義理の父親になるのは考えもんだがなあ……」


 そういうんじゃないんだよなあ。

 レオ様も外見だけで判断してやがる。

 確かに見映えは良いよ。それは認めよう。

 元日本人の俺から見ても、アッキーさんはハリウッド女優レベルの美貌だわ。さらに美しく長い金髪をドリル状にしてるから、見た目はマジ貴族の御令嬢。そりゃ人気も出るさ。

 でもな、性格が問題なんだよ性格が!

 彼女はガチの悪役令嬢。

 絶対に間違いない。


 まず、男友達が圧倒的に多い。

 普通、貴族のパーティーでは御婦人方が集まる傾向にあるらしいが、アッキーさんは常に男性と一緒。取り巻きの女性貴族と話すより男性貴族とばかり話してる。


 話題は常に自分中心。もしくは、他の貴族令嬢の悪意ある噂話。

 自分が好む顔の男性貴族に近付いたからか、他の貴族令嬢をボロカスに責めているのを見たことがある。


 やれ「下級貴族のあなたに上級貴族の彼は相応しくないとわたくしは思うわ」だとか「うふふ、身分の差というものをご存知かしら?」だとか「あなた邪魔よ! 後悔したくなければ彼はおよしなさい!」だとかね。


 まさに悪役令嬢のセリフ。

 あと、何かと男性に世話をさせたがるのもアッキーさんの特徴だ。「あそこのワインを取ってきていただけるかしら?」とか「あら、リボンが外れたみたいなの。つけ直してくださる?」とか「お腹が空いたわね。オーク肉のステーキを食べたいわ」とかさ。


 普通はパーティー会場にいるメイドやボーイに頼むことを同じパーティーにいる男性招待客へ頼むのだ。

 俺も以前言われたよ。

 公爵主催の王立魔法学園成績上位者を集めたパーティーに招待された時。

 アッキーさんは俺と会話してて、俺が優秀な魔法使いと気付いたのかこう話を振ってきたんだ。


「コミュさんは凄い魔法が使えるんですね。わたくし、一度高威力な攻撃魔法を見てみたいわ。あっ、あそこにいるオーガへ試しに撃ち込んでくださる?」


 彼女が指差した方角にはオーガじゃなくて酔っ払ったシゲイズ副宰相がいた。

 アッキー恐るべし!

 いやいや、自分の父親ですやん。

 父娘喧嘩っすか?

 確かにシゲイズ副宰相はオーガに似てますけども……


 俺が躊躇していると、今度は自分でファイアボールを撃ち込みやがった!

 もちろん、ファイアボールは初級魔法であり、高位魔法使いであるシゲイズ副宰相の魔力で簡単に防がれたが……

 父娘喧嘩に魔法使うか?

 それ以来、彼女は苦手だ。

 遠くから眺める分には問題ないが、近くにはいたくない。

 結婚なんてもっての他だよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る