魔王さんちはお隣です ~ つながる異世界ショートⅡ ~

はなのまつり

魔王さんちはお隣です

 最近気になることがある。というか、気に食わないことがある。

 それは何かと問われれば、簡単な話――知らないやからが訪ねてくることだ。それも最近やたらと頻繁に、だ。


 確かに俺の家は、平屋が横に連なった長屋調の賃貸住宅だ。だから必然、外観はどこも同じ、特徴だって目立ったものはない。故に訪問者が家を間違える――なんてこともあるのだろう。

 それだけならば俺だって、怒りもしないし目をつむる。それが常識と良識を兼ね備えた大人の対応というものだ。


 しかし、だ――


「おい、出てこい! いるのは分かっているんだぞ!!」

「年貢の納め時ですわ。覚悟を決めて出でいらっしゃい!」


 と言って、今夜も今夜とて、うちの玄関を殴り続ける頭のおかしな連中。

 ドアの覗き穴から外の様子を伺えば、武器を持った美男美女の四人組――リア充万歳、死ねばいい。時間も考えられないアホどもが。

 そんなことを思いながら、いつものように玄関のチェーンは掛けたまま、扉をわずかに開けて俺は言う。


「魔王さんちはお隣です」と――


 俺がここに越して来たのは、今からざっと五年前。まだ三十代半ばといった頃。

 当時の俺は、人間達の国土領域――その王都で近衛騎士団このえきしだんに所属し、幼少より鍛え続けた甲斐あってか、剣鬼けんきなんて呼ばれつつ自慢の剣を振っていた。

 しかし名が広まると同時に付いて回るは、官僚達の私利私欲。クソみたいな利権争いや面倒臭いしがらみ、しょうもない小競り合いに俺は巻き込まれ、おとしめられた。

 投獄される前に王都を逃げ延びた俺。長く苦しい旅の末、流れ着いたのがここ、辺境の地“最北の玄界”だったというわけだ。


 最初は正直驚いた。

 なんせ魔族と人間が手を取り合って、コミュニティーを成していたのだ。“魔族は敵だ”と教え込まれた俺にとっては、カルチャーショックも良いところ。

 しかしそんな心理的抵抗を露わにする俺に対して、


「理由はどうあれ、中立でいてくれればいい」

「何か仕事に就いて手を貸してくれるとありがたい」


 そう、詳しい理由も聞かずままに制約でもない“あくまでお願い”という体でもって、優しく迎え入れてくれた彼ら。

 内心あと先引けない状態だったのもあるが、それでも慣れて腰を落ち着けるまでに、大した時間は掛からなかった。


 そんな感謝こそあれ、怨みなんて一つもない場所。やはり揉め事なんて起こしたくない。

 ましてこの集落の長たるお方と一悶着、さすがに御免こうむりたい。

 けれど俺もやっぱり人間、限界というのもあるわけで――


 明朝、俺は隣戸のドアノッカーで扉を叩き、


「こんにちは、隣の剣鬼ですけど……魔王さんおみえですか?」


 と声を掛ける。するとすぐさま扉の奥の方、


「はーい、ちょっとお待ちを……――いッ、だい……!!」


 という声が聞こえた。足の小指でもぶつけたのだろうか、あの人はいつもそそっかしい。


「――す、すいません、お待たせしました!」


 そう言って、扉をそろりと開けた魔王さん。そのご尊顔はやはり悲痛混じりだった。

 こんな状態で文句を言いに来た――というのは少々心が痛むが、先延ばしにしたとて仕方ない。頑張れ俺。


「あの……大変そうな時に恐縮なのですが――いつもうちに間違えてみえる方々……もう少しこう、何とかなりませんか?」


 不満半分、労り半分の顔で俺は伝えた。それに対して、


「それについては本当にすみません……。今急ピッチで魔王城を立て直ししておりますので、もう少しだけご辛抱頂けないでしょうか……?」


 と、魔王さんは深々と頭を下げて詫びを言う。

 やめてくれ。そんなウルウルした目で上目遣いとか……反則だろう。胸部の凶器がこちらに向けて心を抉る。


 魔王さん、もとい領主さんが借家住まいなのには訳がある。

 それは先月の初め、どこぞの勇者とか言う連中が無断で魔王城――つまりは女性宅に押し入って、加減もなしに極大魔法をぶっ放し、木っ端微塵に爆破した。

 端的に言えば、殺人未遂と婦女暴行、住居侵入に器物損壊のエトセトラ……だったと。

 幸い魔王さんは、なぜか仲間割れした勇者の連れ――神官のおかげで一命は取り留めたものの、建造物までもそうはゆかない。パッと魔法で――なんて便利な代物があればよいが。

 その為、今でも少ない集落の男衆総出で再建を進めてはいるが、物資の少ないこの土地のこと、いまだ完成の目途は立っていない。

 勇者連中を殺さず奴隷にしておけば……おっと、やめよう。俺はそういう思考が嫌でここに来たんだ。


 要は仕方ないこと――分かっちゃいる。分かっちゃいるんだ、そんなこと。

 だからこう、対応策の検討を――俺はそれが話したい。


「あの、例えば魔王さんちの玄関前に“魔王宅”みたな看板置くとか……は出来ませんか?」


 なんて提案してみる妥協策。これはかなりの譲歩である。

 なぜなら仮に看板を置いたとて、もう一つの問題は解決しないのだから。


 こと戦闘がある、それはつまりうるさいという問題が伴う。

 昼夜を問わずゴンゴン、ガンガン。家は揺れるし、物は落ちるし、わずらわしいことこの上ない。

 時にはバンバン、ドンドンと、いつからこの長屋一帯は紛争地になったんだ──俺はそう、拡声器持って叫びたい。

 そんな気持ちに蓋をして、とりあえず取り立てまがいな来客を、何とかしたいと問うてみる。


「うぅ……でも……」


 しかし魔王さんは言葉を濁して俯くばかり。

 確かに彼女も女の子。見た年の頃は二十代半ば。さすがに気にすることもあるのだろう。

 とは言えどうする、俺ストレス。このままじゃ精神障害まっしぐら。

 それより辛いよ、この状況。落ち込む女性に詰め寄る男。対外的に厳しい絵面。


 ――そんな時、ふと部屋の奥から声が掛かった。


「――アンタが殺ればいいんだよ、ひきこもり。ってかさっさと仲間になれよ、ひきこもり」と。


 そう言って現れたのは、祭服だっただろうものを甚平のように加工した部屋着姿の女性――そう、つまりは神官だった。

 何かを料理中だったのだろうか、彼女はその手に持った包丁をこちらにワザとらしく向けつつ、話を続けた。


「剣鬼ぃ、アンタあっちではメッチャ強いって有名だったんだからさ、ちょっとくらい手伝いなさいよ。それともなに、こっちきて戦うの怖くなっちゃったんでちゅかぁ? 女の子が困ってるのに助けないとか、それでも男? あ、もしかして違った? プププッー」


 そう俺を捲し立てるように腹を抱えながら小馬鹿にして。


 信じれられようか。これが一カ月前まで、王都一“清廉潔白、才貌両全な美人聖女”と呼ばれていた神官、その現在の在り体――成れの果て、だと。

 先の魔王さんとの一戦時、何か吹っ切ったように手のひらを返したと聞いてはいたが、まさかここまでとは。王都で一度会ってはいたものの、もはや当時の面影は一切ない。

 もしかするとこれが本来の――だめだ、彼女に流れを持っていかれる。話を戻そう。


「いや、もう俺は無用な戦いや殺生はしないと決めたんだ。だから――」

「(キモッ)。うんうん、それで?」

「そこの魔王さんとも“中立でいる”と約束したしな。それに――」

「(キーモッ)。はいはい、それで?」

「俺は伐採の仕事でちゃんと貢献してる。これ以上、無用な争いごとには関わ――」

「(キモキモーッ)。ほうほう、それで?」

「小声でキモキモ、鬱陶しいぃわぁッ!! 魔王さんにくみしたからって天狗になってんのか知らねぇけどな! なにが“それで、それで”だ! 馬鹿にしてんじゃねぇよ!! やんのかコラぁ゛!?」

「きゃぁー、怒ったー、怖ぁーいー。プププッー」

「あわわぁ……。ふっ二人ともやめてぇーー!!」


 キレる俺、割り入る魔王、神官爆笑。顔を出す、ご近所野次馬、焦る俺――。


 ――そのなんだ……結局のところ何の解決もせずまま、俺は自宅に戻った。

 持ち帰るしかなかった無駄に積み重なったストレスは、もう爆発寸前。目じりから零れそうになる心の汗をグッと堪えて、俺はうずくまる。負けちゃいない、決して俺は負けちゃいないと、誤魔化しつつ。


 そうやって悶えながらも、これからのことに考え巡らす俺は、結果一つの答えに行き着いた。


「そうだ、引っ越しをしよう――」と。


 先んじてこれだけは言っておきたい、“逃げちゃいない”と。ただ、諦めただけだと。拘って、悪戯に心を病んでは元も子もない、そう考えた末だからだと。

 格好悪い? そうか、それがどうした。知ったことか。

 何れにしろ、だ――思い立ったが吉日と、覚悟を決めた俺の行動は早かった。


 クローゼットを開け、仕舞い込んだ荷物を引き出す。

 独り身だからだろうか、すぐに片付く引っ越し準備。

 そもそも荷物もそんなにない。だからだろうか、後ろ髪引く感慨もない。


 俺は大きくなった背嚢リュックを背負うと、長年触れることのなかったクレイモアたいけんを腰のベルトに引っ掛けた。


「さぁ身支度も整ったし、そろそろ行くか。あっ、水だけは持っていくか――」


 と口にした時、外から微かに聞こえる魔法の詠唱。

 また始まったかと思いつつ、それを聞き流しながら台所へ向かう。


 水筒を取り出し桶の水に浸す――微細に震え始める空気。

「あーあ、あの神官、見た目だけは良いんだけどなぁ。一発ヤレ――」


 コポコポと音を立てて水を取り込む水筒――轟々と鳴り響く地面、揺れる室内。

「魔王さんともうちょっと上手いことやってたら、あのオッパ……ムフッ――」


 水で満たされた濡れる水筒を、首に巻いていた手ぬぐいで拭う――バリバリと音立て始める大気。

「いやいや、もう忘れよう。どこの街なら安全に過ごせるかなぁ――」


 そして俺は振り返り、部屋に向かって、

「お世話に」 ――何かがぶつかる衝撃音。

「なりま」 ――メリメリと音を立てる建物。

「した!!」 ――吹き飛ぶ玄関。

 とお礼した。


 その途端、合わせるように起こった凄まじい轟音と大地揺さぶる衝撃。

 もたらされたそれは、あらん限りのものを吹き飛ばす。瓦解する家屋、彼方へと消える荷物、ふっと壊れる心の何か。


 そこへ追い打ちを掛けるように浴びせられた言葉は、

「おい、魔王!! 今日こそお前の首、俺が打ち取る!!」だった。


 吹き飛ばされはしたものの、いまだ意識を保てていた俺は、軋む体を何とか動かし負傷箇所を確かめる――よし大丈夫、何とか動ける。

 そうして立ち上がると、土ぼこりで朧気になる視界の中、その周囲に意識を向けた。


 位置と状況を確認、遮蔽物なし、行動可能、敵勢力数は四。手に持つ武器からおおよその戦力を推測……対応可能――なんて思考が脳中を駆け巡る。

 長年の経験と訓練で染みついた咄嗟の反応。条件反射とは言え困ったものだと、自然と漏れ出るため息混じりの苦笑い。


「はぁーぁ、……ったく。嫌んなっちゃうなぁ、どいつもこいつも……ハハッ。さてさて、そんじゃ――」


 そうやって俺は愚痴を溢しつつ、勇者らしき暴徒集団に焦点を当てた。

 そして、


「……ぶっ殺してやるッ!!」


 俺はそう吐き捨てて、クレイモアを引き抜いた。


 ――そうして俺は、今日も元気に魔王さんのお手伝いボディーガードやってます。

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