第58話 能力鑑定と私の事情②
真っ白い大理石の床に、コツコツと私たちの靴の音が響く。私の手はトラヴィスに引かれていて、医務室へと向かっていた。
「……トラヴィス。私、別に具合が悪いわけじゃないの」
「でも顔が真っ青だよ。医務室へ行った方がいい」
「そういうんじゃなくて」
それならどういうのなんだろう。まさか、トラヴィスがアオイの能力鑑定をするのが嫌だなんて言える? 私にそれを言う資格はある?
言葉に詰まってしまって、立ち止まる。それをトラヴィスは何も言わずに待ってくれた。
日中だというのに、大理石の回廊はとても静か。呼吸をする音でさえ響きそうで、緊張に包まれる。
でもこんな風に思わせぶりなことをするぐらいなら、きちんと彼に言わないといけない。私は恐る恐る口を開いた。
「……私、死にたくないの。詳しくは話せないけど、本当に……この人生を失いたくなくて。とっても幸せだから」
「前にもそんなことを言っていたね。何か、困っているなら力になる。だから話してほしい」
優しい声色にほっとする。けれど、本当のことを話してもいいのかな。私が何度も好きな人に殺されて、何回もループしていることを知ったらあなたはどんな顔をするの。
私は、一度目の人生で出会ったトラヴィスのことを久しく思い出していない。優しくて物知りで頼りになって、まるで兄のようだった一度目の彼は、なんだか遠い存在になってしまった。
ごちゃ混ぜになった感情がわーっと胸の中に渦巻く。衝動的に、本音がこぼれた。
「私……さっき、大神官様のお部屋で『トラヴィスがアオイ様の能力鑑定をするのが嫌だ』って思った……」
「……え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは、きっとこのことだと思う。
ぽかんとした後、さっきまで私を真剣に心配してくれていたトラヴィスの顔が、優し気なものから引き締まったものになっていく。
その変化を見ながら、しまった、と思った。
これって、まるで告白だ。
「ご、ごめんなさい! 今日はもう寮の部屋に戻る!」
私の三歩分先にいたトラヴィスと回廊の壁の間を走り抜けて寮に向かおうとした……のだけれど。
サッとすり抜けようとした私の目の前には、トラヴィスの腕があった。壁に片手を突いた彼に、通せんぼされている。
確か、この前アオイはこんな姿勢のことを壁ドンとかなんとか言っていたような。感情のままに言葉を紡ごうとしていた私は、まさかの事態に一瞬で現実に引き戻される。
彼にとって蒼く見えていただろう顔が一瞬で真っ赤になってしまった私に、トラヴィスも我に返ったようだった。
「あ、ごめん。つい反射的に」
「いいえ」
反射的にぶんぶん首を振る。けれど『ではこちら側ではなく反対側を失礼します!』とは行かなかった。その体勢のまま、私を見下ろしてくる。
「俺のことは、絶対に好きにならないんだよね?」
とりあえずこくこくと頷く。
「それなのに、なんなの。これは」
トラヴィスの、少し怒っているみたいな顔。トラヴィスが私を好きだと知っていながら、思わせぶりな態度をとって逃げていることを言っているのだろう。
「ご、ごめんなさ……」
「謝る必要ない」
優しく、でもきっぱりと遮られた。
「俺が前に言った……『一方的に想うだけならいいだろう』っていうの、あれは本音。でも、正直期待させられるのはきつい。……ちゃんと話してほしい」
トラヴィスの言う通りだった。
覚悟を決めて、私は口を開く。
「私は、この人生が5回目なの」
「……それ、どういうこと?」
「死ぬと必ず、15歳の啓示の儀を受ける日に戻るの。最初の私は『先見の聖女』だった。いろいろあって、17歳のときに婚約者と異母妹に殺された。そして、15歳の啓示の儀を受ける日に戻った。……二回目の私は『戦いの聖女』だった。黒竜退治に出かけて、前線に放り出されて死んだ。三回目も四回目も死んで、これが五回目の人生なの。そして、どの人生でも私を殺すのは好きになった人。だから、私は誰のことも好きになりたくない」
「……」
トラヴィスは神妙な表情で聞いてくれた後で、納得したように呟く。
「だから、聖属性の魔力が5倍、か。……俄かには信じがたいけど『規格外の聖女』に説明がつく」
「……そう」
あまりにあっさり信じてくれたことにびっくりする。
「セレスティアは、俺に殺されると思う?」
ない。絶対ない。サシェの町で確信したもの。
でも、だからって私がもうループしないという確証だってない。好きな人に4回も殺された記憶は、変えようのない事実として想像以上に私の心に蔓延っている。
何も答えない私を見て、意外なことにトラヴィスはうれしそうに口の端を上げた。
「でも、気持ちに応えてくれる可能性があるのか」
「え」
「今は、それだけで十分」
「!」
トラヴィスは眩しそうに微笑むと、私にくるりと背を向けて寮の方向へとゆっくり歩き始めた。そして、ついていかない私のことを振り返った。
「……行くよ?」
「……」
足が自分の感覚じゃないみたいにふわふわとしている。
突然に、それは降ってきた。鼻の奥がつーんとして何の前触れもなく思い知らされる。
――私、この人が好きだ。
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