第59話 ドキドキを引っ込めたい
その日、寮まで送ってくれるというトラヴィスの申し出を必死で辞退し、私はひとり部屋に帰った。
ちなみに、大神官様のお部屋に戻ったトラヴィスによって、アオイの能力鑑定は問題なく行われたらしい。あとで結果をバージルが私の部屋まで知らせに来てくれた。
『聖女アオイ様の能力鑑定は無事終わったわよ!癒しの聖女の力となんか不思議なサイドスキル持ちだって! ……トラヴィス様はすぐにアンタに会いに行くって言ってたけど、大神官様に用事を申し付けられて叶わなくて、暴れていらしたわ。荒ぶるイケメンって素敵……じゃなくって、アンタたちなんかあったの?』
――って。
よかった、とうっかり素直に思ってしまった反面、いよいよ次こそはトラヴィスとまともに向き合えない気がする。
顔を両手で覆うと、指の隙間からバージルのにやにやした笑顔が見えた。
誰か、助けて。
翌日の食堂。
願いに反して、私はトラヴィスの隣に座って朝食をとっていた。バージルに『公私混同はやめてくれる?』って怒られたのだ。
本当にその通りだわ、と反省して大人しく息を止め席についたら、バージルはにやにやしてとても楽しそうに私の真向かいに座った。怒ってもいいかな?
ちなみに、今朝の朝食の時間は昨日のアオイに対する能力鑑定の結果を報告する場にもなっていた。
「異世界から来た聖女・アオイ様はサイドスキルをお持ちだったのですね」
「ああ。アオイが持つ『相手を魅了できる類のサイドスキル』は戦いに適している。本当に、彼女は救世主として呼ばれたんだろうね」
シンディーの問いにトラヴィスが答えている。
平静を装うとしてもカップを持つ手が震えて、ミルクティーの表面がとろりと揺れる。好きと認めてしまったから……ではなく、殺されないかなという意味、これは!
『セレスティア、まりょくのながれがみだれてるね』
「そんなことない」
『きょうふ、とか、おびえ、じゃなくて、なんだかふわふわしてたのしそうなみだれかた』
「ち、違う」
リルの言葉がみんなに聞こえなくて本当によかった、そう思っていると、バージルが突拍子もないことを言い出した。
「そうだ。アンタもういちどトラヴィス様に能力鑑定をしてもらいなさいよ!」
「え、ええ!? 今ここで、ですか」
「そうよ! サイドスキルって時間が経つことで顕在化する場合もあるのよね? それなら、一年前はわからなかったけど今ならわかるかもしれないじゃない! ね、そうしなさい! だってアンタぐらいの聖女でサイドスキルがないなんて絶対おかしいもの!」
たしかに。
驚いてしまったけれど、バージルが言うことにも一理あると思う。隣のトラヴィスを見上げると、彼は顔を引き攣らせてバージルを睨んだ。
「……勘弁してくれる? 正直、あの感覚に今耐えきれる気がしない」
「え」
「察して」
間抜けな相槌を打ったのは私だったけれど、トラヴィスはこちらに視線を向けない。
微妙に耳が赤いのを見て、私はその意味を理解した。そっかそういうこと……! つられて私の頬も染まる。
「あらぁ。ごめんなさいねえ」
バージルわかってましたよね?
ごほん、と咳ばらいをした後でトラヴィスが告げてくる。
「セレスティアには伝えていなかったけれど、アルシュ山近くの村から黒竜が目覚めたのではないかという報告が挙がっているんだ。勇者リクと聖女アオイが異世界からやってきたことに説明がつく」
「ええと、こ、黒竜が……目覚めたのね」
「うん。まだ断言はできないけど……近日中に国王から正式な派遣要請があると思う。もちろん、王国の騎士団も一緒に黒竜の討伐に向かうことになる。ただ、歴史を振り返っても黒竜を倒すためには異世界から来た勇者の力が必要だ。それを守護するため、大神官様はセレスティアを指名する気だ」
「わかったわ、心の準備をしておく」
浮かれている場合ではなかったらしい。大体にして、トラヴィスは昨日のことが嘘みたいにさっぱりと切り替えて精悍な顔をしている。
しっかりしなきゃ。私はそう思いながらサンドイッチをもぐもぐと咀嚼し、ミルクティーで一気に流し込んだのだった。
その日、リルと一緒に神殿の敷地内を歩いていたら、声をかけられた。
「はじめまして、聖女・セレスティア様」
そこにいたのは、サラサラの茶色い髪と、青みがかった紫色の透き通った瞳の少年。私が過去の人生で関わった神官の中で、もっとも私と年が近いはず、の人。
私が何も答えられずにいるうちに、彼は言葉を重ねる。
「あ、はじめましてじゃなかったかな。一年前の能力鑑定のときに会っているんだよね」
『このひとだれ、セレスティア?』
リルは不思議そうにしている。
人懐っこい笑顔。三回目のループでは見られなかったそれに、私は思わず彼の名前を呟いた。
「ノア……」
「あれ、僕の名前知ってたの? 気安く呼ばないでほしいんだけどな?」
え。ニコニコしているのに、中身は三回目の人生と全く変わっていない。
彼の背景は、私が啓示の儀を受けた日に変わったはずだったのに。
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