第57話 能力鑑定と私の事情①

 それから三日が経った。


 私は神殿近くの保護院にいた。保護院というのは、親が病気だったりして一時的な保護を必要とする子どものための家。


 父親を王都に呼び出して今後の方針を決めるまで、私がサシェの町で出会った少年・レイはここで保護されているということだった。王都に戻ってからというもの、私は毎日この保護院へ来ている。


「レイ、元気?」

「うん。セレスティアは元気がないね?」


 思いがけない感想に私は目を瞬いた。びっくりするほど鋭い指摘に、顔が引き攣る。


「そ、そんな風に……見える?」

「うん。昨日もしょんぼりしてたけど、今日はもっとだよ」

「……!」


 言い当てられてしまって、私は頭を抱えた。その指摘は合っている。


 ……今日はトラヴィスがアオイの能力鑑定をする日。


 異世界からやってきた聖女・アオイにトラヴィスが神力を流してどんな力を持っているか見極める日なのだ。


 能力鑑定には一応、私も立ち会うことになっている。本当はどちらでもよかったのだけれど、どうしても気になって。その現場を見ても見なくてももやもやするぐらいなら、立ち会おうと思ったのだ。


 けれど、保護院の庭のはしっこに置かれたベンチに座って、私は足もとの石を蹴る。


「レイはえらいね。自分で決めてここまで来たんだもん。私はぶれっぶれで本当にダメだなぁ」

「誘ってくれたのはセレスティアでしょう? ……そうだ。ずっと言おうと思ってたんだけれど、聖女様の服って赤茶色じゃないんだね」

「もう。あれは特別なのよ?」


 レイに気を遣わせてしまっていることを察して私は無理に笑顔を作った。


 わかっている。私がこんなにぼんやりしているのは、トラヴィスがアオイの魔力に触れるのが嫌だからだ。


 トラヴィスが私のことを好きだと言ってくれるようになったきっかけは、一年前の能力鑑定で私の魔力に触れたからだった。


『神力と魔力の交わりがなくても、いずれは好きになっていた』


 図書館でも神官の神力と聖女の聖属性魔力の関係については調べた。そっくりそのことが書いてあったから、嘘ではないと思う……けれど。


「お兄ちゃん……神官のトラヴィスさん、今日は来ないの?」

「ええ。忙しい方なの」

「トラヴィスさんって、セレスティアの恋人?」


 思いがけない問いに、私は慌ててぶんぶんと首を振る。


「ち、違うわ! 違う違う。えーと……同僚?」

「ドウリョウ? なんだ。てっきり恋人同士かと思った」

「こ、こい……そ、そういうのじゃないから!」


 自分で答えながら、胸が痛くなる。自分の意志で口にしたはずの言葉にざくざく刺されている気がする。少し前なら、本当に違うし死にたくないからやめて!って思っていたはずなのに。


 六歳も年下のレイに気遣われながら他愛ない会話を終えた私は、保護院を後にして大神官様のお部屋に向かったのだった。




「こんにちは」

「セレスティア。あれ……顔色が悪くない?」

「そんなこと」


 ないです。


 大神官様のお部屋で出迎えてくれてくれたトラヴィスから、私は目を逸らした。ちなみに、彼とまともに会話するのはこの前ケークサレを『あーん』してしまって以来。


 おとといの夕食のときも、昨日も、トラヴィスは私に声をかけてくれた。でも恥ずかしくて、バージルと、シンディーと、エイドリアンを盾にして逃げ切った。ごめん。

 

 そして今日も彼の視線を避けるようにして部屋に入る。私をトラヴィスの視線が追いかけているのがわかる。それからどうにかして逃れたくて、応接セットの後ろに立っている勇者・リクの隣に滑り込んだ。


 応接セットにはアオイが座っていて、私のほうを振り向いてニコリとかわいらしく微笑んでくれた。この前のケークサレのことが思い浮かんでどきりとする。


「セレスティア様……眉間のシワがすごいですが、大丈夫ですか?」

「も、も……もともとこういう顔です」


 本当は違うけどね。


「では、そろそろ始めるとしようかのう」


 大神官様の声掛けで、応接セットに向かい合って座っているトラヴィスとアオイがお互いに目を合わせる。


「アオイさん。手をお貸しいただけますか」

「はい、トラヴィス様」


 アオイの表情は私からは見えない。けれど、耳が何となく赤いような気がする。その正面に座ったトラヴィスの表情は真剣で、サシェの町で見た任務中の厳しい顔を思い出す。


 理論上はわかる。神官が好きになってしまうのは、運命の相手だけだって。でも、人が本気で好きになるのは人生に一人きりじゃない……とも思う。


 だから、アオイももしその相手のひとりだったら? あんなに私へ好意を向けてくれていても、逆らえない感情ってあると思う。


 ――好きになったら15歳の振り出しに戻るとわかっていても、私がトラヴィスにこんなぐちゃぐちゃな思いを抱いてしまっているみたいに。


「……大神官様。鑑定の前に少し席を外しても宜しいでしょうか」


 もやもやしていると、トラヴィスが大神官様に何かを申し出た。


「どうかしたかのう、トラヴィス」

「やはり、セレスティアの体調が良くないみたいですので」


 ハッとする。いつの間にか、トラヴィスは立ち上がって私の目の前に来ていた。彼の深い瑠璃色の瞳に心配の色が見えて、私は慌てて首を振る。


「いえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけで。能力鑑定を始めてください」

「セレスティア、無理しないで。……大神官様、アオイさん。彼女を医務室へ送ってきますので少しお待ちいただけますか」


 トラヴィスの言葉に、大神官様も頷く。


「ああ。問題ない。医務室へ送り届けてからにするかのう」

「あの、本当に、私……!」


 ぶんぶんと首を振ったけれど、もう遅かった。トラヴィスは私を本気で心配している。まずい。違う。全然そういうのじゃないから心配しないでほしいし、何よりも今二人になるのはつらい。何がって、自分のずるさがつらい。


 涙目になりかけた私のところに、アオイの天の助けのような声がする。


「セレスティア様のことは……どなたか巫女の方にお願いすればいいのでは?」


 ぜひそうさせてください!


「いいえ。彼女は私が」


 トラヴィスはそれをぴしゃりと笑顔で突っぱねた。そして私の手をとって、大神官様のお部屋を出る。




 ……どうしよう。

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