第51話 帰り道
辺境の地であるサシェは自然が豊かな観光地としても知られる町。
大神官様からは「トラヴィスの身体が十分に回復するまでゆっくりしておいで」と言われていたけれど、王都にはレイが先に到着している。
レイに向かって『あなたを救う力がある』と豪語した私がのんびりしているわけには行かなかった。
ということで、私とトラヴィスは二人並んで王都へと向かう汽車に揺られていた。
「もう少しゆっくりしたかったな」
「ご、ごめんなさい」
「ほら、敬語」
トラヴィスはそう言うと、軽く微笑んで隣から私の髪に手を伸ばすふりをする。彼は昨日ベッドから起き上がったばかりとは思えないほど元気だった。やっぱり神官って身体が強いのかな。
そして、敬語禁止ルールってまだ続いていたのですね?
けれど、私の反応を楽しむようにトラヴィスが髪を触ってくることが全然嫌ではない(ふりだけれど)。そのことに危機感を感じつつ、私は言葉を崩した。
「まだ身体が辛い? 回復しきらない中での長距離移動を……本当にごめんなさい」
「違うよ。サシェの町にはいろいろな観光スポットがあるよね? セレスティアと一緒に見られたらよかったなと思って」
「そっちの意味!」
私が4回目までのループで知っていた未来では、あの町はなくなってしまった。人は助かったけれど、美しい自然も観光スポットも、サシェの町に根づいた人々の営みの歴史も、全部が消えた。でも今回は違う。
「……町が救われたのだから、また来られる。そのときに楽しめばいいわ」
「また俺と一緒に来てくれるっていう意味だよね、それ」
違うそうじゃないこんなことを言われても全然うれしくないしときめいてない、え、ときめいてない?まぁとにかく死にたくない!
――と、前ならこう思っていた。
けれど、少し素直になれる気がして私は下を向く。
「……ええ」
「驚いた。死にかけてみるものだね。まさか、わずかでもセレスティアがこちらを見てくれるなんて思わなかった」
「そ、そういう意味では!」
「サシェの町はトキア皇国との境にある。文化が少しだけ混ざり合って、平時はとても魅力的な町なんだ。今度、必ず案内したいな」
甘い口説き文句に続く、真剣な話題と視線にどきりとする。
一年前からトラヴィスはトキア皇国に戻っていない。そして、もう何かがない限り戻ることもないのだという。ずっと神殿にいて、大神官様の右腕として働いていた。
「遠い場所だからなかなか来られないけれど……本当に、いつか連れてきて」
「セレスティアと出かけられるならどこだっていいんだけどね。今回の遠征任務も、少し大変だったけど悪くなかったな」
『少し大変』って。神官として、の役割を超えて私を守ることをそんな当たり前みたいに言わないでほしい。
「こっち見ないの?」
「見ません」
「あ、敬語」
「あぁっ!」
敬語ルールを破ってしまい、隣のトラヴィスに反応を楽しまれているのが悔しい。
加えて、申し訳なさの端っこに喜びの感情が覗いてしまった私は王都に到着するまで彼の顔がまともに見られなかった。
そういえば。トラヴィスが私に好意を持ってくれるようになったきっかけって、神力による『能力鑑定』だったような。
――神官が持つ神力には少し不思議な特性があって、条件を満たした聖女の魔力にひとたび触れるとたまらなく愛しい気持ちになる。条件を満たす相手とは、神力の交わりがなくてもいずれ慕う相手。
トラヴィスはこんな風に教えてくれた。
けれど、実のところ私はトラヴィスがほかの誰かの能力鑑定をしたところを見たことがない。彼が聖属性の魔力に触れてこんな風に好きになる聖女って、本当に私だけなのかな。
幸せそうにこちらを見下ろしてくるトラヴィスの視線を感じてはいたけれど、私は緊張でまったく目に入ってこない車窓の景色に逃げることにした。
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