第52話 4人の神官

 王都の神殿に戻った私たちを待っていたのは、心配そうな表情をした神官……ではなく、櫛を振り回すバージルと回復魔法を使う気に満ちたシンディーと怪しげなお茶を持ったエイドリアンだった。


「アンタねえ! 心配したのよ! ああやっぱり髪がぼさぼさ! アンタってここを離れるとすぐにこういうとこ怠るわよねえ。赤茶色のワンピースは着たの? どの靴を合わせた? あの芋臭いデザインはさぞやアンタに似合ったでしょうね!」

「は、はい。ありがとうございました」


「当然よアタシが選んだんだからどんなものも似合って当たり前! もう二度と着ることはないだろうけどね!」

「それはどういう……?」


「アタシも護衛につくことになったからよッ! 芋臭い服なんて着せるもんですか!」

「え」


 バージルの野太い声で響く勢いが良すぎる語尾に引いていると、シンディーが食堂のソファに案内してくれる。


「セレスティア様、お疲れでしょう。ご自分の身体に回復魔法を使うことはできません。ここはぜひ、私が」

「シンディーさん、大丈夫です。数日寝込んでいたのはトラヴィスであって私ではありませんから。お気遣い、ありがとうございます」

「いいえ。これからは私もお供いたしますから」

「シンディーさんが、私に……?」


 さっきからみんなの言っている意味がわからない。トラヴィスに助けを求めて視線を送ると、とても不満げに教えてくれた。


「大神官様からの書簡にあったんだけど……今回の任務で起こったことを鑑みて、セレスティアには4人の神官がつくことになったって」

「え」


 どこからどう見ても、貴重な神官の無駄遣いにしか思えない。


 大体にして、皆は私と組まなかったそれぞれの人生で幸せに生きていた……はず。聖女と組むことはなかったけれど、出世したり特別な任務についたり、いろいろしていたような。


 そもそも、聖女の相棒候補に選ばれるというだけで神力が高い優れた神官なのだ。しかも、偶然にもみんなルックスがものすごく良くて目の保養になる。


 現にいま私の視界の端に映る巫女の集団がこちらを見ていていたたまれない。そのうちのひとりと目が合ったので微笑んでみたけれど、ぷいと目を逸らされてしまった。


 そんな方々を私の専属にして組ませるって本気なのかな。


「もちろん、4人全員が四六時中ずっと一緒にいるわけじゃないよ? 任務にあわせて同行する者を変えるってことみたい」

「な、なるほど」

「だけど、セレスティアのブレスレットの発動条件を考えて、俺は大体一緒にいることになった」

「え」

「大神官様は押し切った。この国での親代わりみたいなものだから、余裕」


 涼しい顔をして、『余裕』じゃない。


 トラヴィスは私のために命を削ろうとする人だ。しかも、それを織り込み済みで私についてこようとしている。そんなのだめ。……と思ったけれど、全然目を合わせてくれない。抗議を受け入れる気はないらしい。


「大神官様に希望をお伝えしてからご決断いただくまでに時間がかかりましたが、その分喜びもひとしおというものです」


 そんな中、私の背後から現れたエイドリアンは謎の大きなポットを持っていた。そして発言の内容からすると、やはり彼も私の相棒のひとりになるようだ。


「そのポットには何が入っているのですか?」

「免疫力を高める……身体を守ってくれる仕組みを強化するお茶の淹れ方を教わりまして。ぜひ、お二人にお飲みいただきたいと」

「め、めんえきりょく?」

『エイドリアンのゆびさき、きずだらけ』

 

 リルが言う通り、エイドリアンの手は傷だらけだった。なんていうか……切り傷がたくさん。あれ、武闘派だったっけ。違うよね、思いっきりインドアな人のはずだけれど。


「ハーブティーをベースに、リンゴやキウイなどのフルーツ、数種類のスパイス、はちみつを少々入れました」

「アンタお料理できたの!?」

「お二人のために練習を」


 本当に、4度目のループで私を殺した人かな? 流れるように答えたエイドリアンに、私は首を傾げる。


「でも……免疫力を高める、なんて初めて聞く言葉です」

「はい。先日、異世界から召喚された聖女様が広めておいでです。私もお料理教室を受講いたしました」

「……異世界から召喚された聖女様」


 覚悟していたはずの言葉だったのに、動揺を隠せなかった。彗星の到来は、どの人生でもこの国にとって大きな節目となるからだ。


 彗星の到来で眠り続けた黒竜が目覚め、この国に降りかかる厄災から守ってくれる勇者と聖女が召喚される。


 けれど、お料理教室って本当に何?


 意外なことに、この話題に関してはトラヴィスも初耳の様子だった。


「異世界から召喚された、って。そんな件、大神官様から聞いていないな。俺に知らせていないのはわざとだよね、シンディー?」

「はい。今はトラヴィス様の心配事を増やすべきではないと大神官様が仰せで」

「俺にとっては、任務によっては俺以外の誰かがセレスティアに同行する可能性があることの方がよっぽどストレスだよ」


 そうですか。


 その間に、エイドリアンはティーカップにお茶を注いでいく。爽やかなハーブに、フルーツと蜂蜜の甘い香りが立ち上る。おいしそう……だけれど。


 2回目のループで死んだときのことが頭に思い浮かぶ。


 これから明らかになる黒竜の目覚めと、異世界から来た勇者&聖女と、お料理教室?


 のんびりしてはいられない……かもしれない?


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