第49話『戦いの聖女』と彗星⑩
「すごい……」
「なんだこれは……」
「これが、『戦いの聖女』の力か」
王国騎士団の人たちがこちらを見ているのがわかる。これは私がループ5回目なせい。だから、間違っても今後遠征についていく『戦いの聖女』に無茶はさせないでほしい。
……と思いながら私は魔力を注ぎ続ける。キラキラと光る防御魔法の結界に彗星の欠片がたどり着くまで、あと少し。それを固唾をのんで見守る。
ゴオッ、と大きな音がして、ひとつの彗星の欠片と結界がぶつかった。それをきっかけに、降りそそぐ星たちがキラキラのベールに触れていく。
一応、落ちてくるのを防ぐことはできている。けれど、欠片がしゅわっと消えてなくなることはなかった。
「おかしいわ。聖堂で見た未来とは違う」
「何が違う?」
「本来なら、星の欠片は防御結界に触れたら消えるはずなの。これじゃあ……身動きが取れないわ」
『セレスティア。どんどんまりょくがへっているよ』
「!」
リルの言葉に、まずい、と思った瞬間にトラヴィスが怒鳴った。
「騎士団の方々は退避を! できるだけ遠くに!」
「しかし、聖女様と神官殿は……」
「俺たちは大丈夫だ。それよりもここからできる限り離れるんだ! 猶予は数分しかない。早く行くんだ」
「そのようなことは」
「これは命令だ。早く行け」
「は、はっ」
トラヴィスの鋭い声色に追い立てられて、彼らは馬に飛び乗って駆けていく。
「セレスティア。数分って言ってしまったんだけど、持つ? 彼らが遠くまで行くのに、長ければ長いほどありがたいな」
「ええ……リル、魔力をもらえる?」
『だめだよ』
つん、と拒否したリルに私は青ざめた。
「どうして」
『このまえいったけど、たいみんぐをみてわたすから。いままりょくをわたしても、すいせいをとめることしかできない』
「それで十分だわ」
『そうしたら、セレスティアはにげられないよ?』
「セレスティアだけは俺が守る」
どういうこと、と聞こうとした瞬間に、トラヴィスの身体からふわりと光が浮かび上がった。すぐに神力による防御結界を張ろうとしているのだとわかる。
魔力と神力は似て非なるもの。魔法が呪文によって魔力を消費して発動するのに対し、神力は呪文を必要としない。神官個人の力に応じていろいろな使い方ができて、シンディーのように回復魔法に応用できる神官もいる。
けれど、その分使用者にかかる負担が大きい。そして底をついた魔力は休めば回復するのに対し、神力は使用者が生きている限り尽きることはない。
つまり、神力は使いすぎると死ぬ。だから、神官たちは自分の神力量を超える任務は受けない。
能力鑑定のとき、トラヴィスの神力の多さは大神官様を上回ると聞いた。けれど、ここに降り注ぐ彗星の欠片たちはそのレベルの話ではない気がする。
そのことはトラヴィスも十分に理解しているようだった。
「確実に守れるのは、人ひとり分の面積だけだ。セレスティアの防御魔法が切れる直前に騎士団は自力で逃げた方が助かる確率が上がる」
「そんな」
と思ったら、次の欠片が降り注いでくる。私が張った防御魔法は少しずつ綻びを見せていて、あれを相殺するどころか止められる気すらしない。
昨日の日中、駅へと避難しながら『これも見納めかもしれないな』と自分の町を感慨深げに見つめていた人々の姿が思い浮かぶ。ああ、今回のループでもまたこの町を守れないのかな。
けれど、少なくとも騎士団の人だけは助けたい。だって、4回目のループまでで犠牲者は出ていないのだ。少しでも長く時間を稼ぎたい。
「トラヴィス、防御結界の強化を手伝ってくれる?」
「だめだ。俺の神力がなくなったらセレスティアを守れない」
「リルが蓄えている魔力があるの。なぜか今は貸してくれないけど」
ちらり、と肩に乗っているリルを見る。ぶんぶんと頭を振っていた。
『いまはまだだめ』
「魔力が切れる寸前に返してくれるって言ってるわ」
『そんなこといってないよ、セレスティア』
「ほら、リルももう少ししたら魔力を返すから大丈夫、って」
「……それなら」
リルの声が私以外に聞こえなくてよかった。私の出任せを信じたらしいトラヴィスは、神力を空に向けて解放する。それは私が張った結界を強化してくれているようだった。
綻びができていた部分が修復されて、またサシェの町一帯にきらきらとした白い結界が広がる。そして、そこに触れた一部の小さな欠片がしゅわっと消えた。これなら、まだしばらく持ちそうだった。
「まだトラヴィスに神力は残ってるわよね? 限界までこの防御魔法を維持して、リルに魔力をもらえたら、私たちだけを保護するものに切り替えるわ。だからトラヴィスはもうこれ以上神力を使わないでね」
「……どうかな」
私が見たのはこの未来なのかな。小さな欠片だけではなくて、大きな隕石も防げたはずなのだけれど。そんなことを考えていると、トラヴィスに抱きしめられた。
「え」
私の身体をぎゅっと包み込む力強い感覚に息が止まりそう。と思えば、私の身体の表面に光がまとわりついていた。この気配はトラヴィスの神力で。
「い、一体何を、」
「これで、もしあれの残りが降ってきても大丈夫。セレスティアは傷ひとつ負うことはない」
トラヴィスの言葉に空を見上げると、小さな煌めきに混ざってこれまでで一番大きな欠片が降ってきていた。炎を帯びた恐ろしいほどの巨大な固まりが。
――あ。聖堂で見た彗星、ってあれだ。
事態を把握した瞬間、彼は私の髪を撫でた。その数秒後に、がくりとトラヴィスの身体から力が抜ける。
「トラヴィス!」
「大丈夫。ちょっと座るだけ」
あわてて彼の身体を抱き止めたけれど、姿勢を立て直せない。指先に触れるトラヴィスの身体が冷たくなっていく。
「トラヴィス……私に何をしたの!」
「念のため、傷つかない術をかけた。この任務は……予想外なことが……多すぎるからね、一応」
「もう神力は使わないでって言ったのに!」
トラヴィスから返事はない。話すのすら辛そうで、私は彼を抱き止める手に力を込める。
『……しんりきのつかいすぎだね』
「そんな」
リルの言葉は肩からではなく私の隣から聞こえた。そちらに目をやると、本来の姿に戻ったリルがいた。さっきまでのかわいらしい姿からは想像がつかないほどに神々しい。
『かっこよくいうと、ときはきた。セレスティアのまりょくをわたすね』
「何を言っているの、リル」
もっと早く渡してほしかった、そう抗議しようとした瞬間、リルは私の手首を鼻先で持ち上げた。そこにはアリーナにつくってもらった魔石のブレスレットがあった。
「光ってる……?」
わずかに光を帯びる、ガーネット、エメラルド、トパーズ、アメジスト、クリスタル。そういえば、このブレスレットを作ってくれたときアリーナは不思議なことを言っていた気がする。
“このブレスレットは、使用者の力を最大限に発揮してくれるものです。ただ、魔石の組み合わせや加工方法から言って……本当に強い効果を発揮するのは使用者が本当に困った時です。めったに発現しない分、そのときは特に強い力を使えます。よく覚えていてくださいね”
って。
『これは、セレスティアのちからをとってもおおきくしてくれるアクセサリーだね。そばにいるしんかんのちからがきれたから、はつどうした』
リルの言葉と同時に、空っぽに近かった体に聖属性の魔力が満ちていくのがわかる。
『ぼくにいいたいことはたくさんあるとおもう。でもいまはあっちがさきだよ、セレスティア』
リルの視線の先には、加速して落ちてくる大きな炎の塊。
≪
もう一度唱えると、上空にさっきまでとは比べ物にならないほどの細かい光の粒子が広がる。それがこの町一帯を守るみたいに覆いつくす。
空に浮かんでいた彗星の欠片たちはその光に当たってしゅわしゅわと消えていく。
そして、今までで一番大きな欠片だったはずの大きな塊も、空の真ん中で私が張った防御魔法の結界に当たってしゅわっと消えた。
それはもう、本当にあっさりと。私が『先見の聖女』の力で見たそのままの光景だった。
「もうこれで大丈夫……?」
『うん。なにもおちてこないよ。まほうをといてもだいじょうぶ』
リルの言葉で魔法を解いた私は足元に座り込んだままのトラヴィスの肩に手をかけた。
「トラヴィス!」
「ん……」
何とか意識はあるようだけれど、とても辛そうで。
『トラヴィスはだいじょうぶだよ。しばらくやすまないといけないけどね』
「本当に? 神力の使いすぎって大変なんでしょう? 本当に大丈夫なの!?」
『うん。なによりも、セレスティアはせいじょだよ。なおしてあげられるからあんしんして』
「そっか……」
安堵で足から力が抜け、私まで地面にへたり込んでしまった。座り込んでいるくせに、トラヴィスの手が私を支えようと持ち上がったのを見て胸が苦しくなる。
“俺は神官として、聖女・セレスティアに仕える。ただ、もし命を懸けたとしたらそれは神官としてじゃない。覚えておいてね”
――この町に降り立った日に告げられた、トラヴィスの言葉が頭から離れなかった。
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