第48話『戦いの聖女』と彗星⑨
次の日。レイの熱は夕方には下がった。
避難するレイには医務官が付き添ってくれるというので、私とトラヴィスは二人を駅まで送って行った。サシェの町の人々は山を越えた先の町に避難しているけれど、レイの行き先は王都になった。
大神官様に経緯を魔法郵便で知らせたところ、私が戻るまで神殿で保護してくれることになったのだ。その後、レイの父親を呼び出して今後の方針について決めるらしかった。
私は大切に保護されている聖女ではあるものの、さすがに一人ではこんな対応はありがたすぎることで。おずおずと頭を下げる。
「……トラヴィス、大神官様に手紙を書いてくれてありがとう」
「それぐらい簡単なことだよ」
こちらを見下ろす瑠璃色の瞳に、昨夜の感覚がよみがえる。軽く沈んだベッドと、シーツ越しに頭を撫でてくれる手。
彼は触るよと言ったけれど、実際には子どもをあやすみたいに優しく寄り添ってくれた。
この際、包み隠さず薄っぺらく白状する。
今まで、私はトラヴィスをとてもかっこいい人だと思っていた。男女問わず誰もが見とれる外見に、穏やかで上品な物腰。それでいていざというときには決断力もある、ものすごいヒーロー気質な人なのだと。
だから『そんな人に好意を向けられて、拒絶できるわけがない』というのはただの冷やかしだった。もちろん、一度目の人生での関係を引きずっていたのもあると思う。実際、もし兄がいたらこんな感じだったのかな、という感情を持ったこともある。
けれど……やっぱり何かが違う。あれこれもしかして私、彼に殺されるやつではないよね?
自分を茶化しつつ恐ろしすぎる結論にたどり着いたけれど、トラヴィスはいつも通りどこ吹く風だった。昨日、あんなに動揺していたのが噓みたいに涼しい顔で微笑みかけてくる。
「……? どうしたの?」
「な、何でもない!」
私はぺしっ、と両頬を叩く。私だけが昨日のことを反芻して動揺しているのは悔しいし、そもそも今は緊急事態だった。こんなことにぼうっとしているわけにはいかない。
「今、気合を入れ直したところなの」
「はいはい」
温かく低く響く彼の声色に鼓動が高まってしまったのには、気がつかないふりをした。
彗星の欠片が落ちてくるのは日付が変わって数時間後のこと。夜明けの空に、不意にそれは現れるのだ。
一度目の人生のときは、私は『先見の聖女』の力を使いサシェの町が消えるのを見た。
自分が見たものが何なのかわからなかったけれど、とりあえず大神官様に告げてから気絶。目が覚めるとすべてが終わっていた。
二度目から四度目の人生のときは、未来を見たのは私ではなかった。
先見の聖女・クラリッサの予言に従うことになったものの、どこに彗星が落ちるのかまではわからなくて。「サシェの町です、私も見ました」と進言したものの誰も信じてくれなかった。結局、王国騎士団と魔法天文学者が落下地点を割り出し、間一髪で住民の避難が間に合った。
そして今、五度目の彗星の欠片がこの町に向かって落ちてきている。たぶん、私が聖堂で見たのが今この瞬間。この星に近づいた彗星に何かがぶつかって、その欠片が落ちてくる光景だった。
明け方の夜空に突如現れ、みるみるうちに大きくなっていく星の欠片。端的に言うと、こわい。
『これ、こうげきまほうでなんとかするのはむりじゃない?』
「そうなの? リル、思っても言わないで」
足が震えそうなので。いやもう震えているけれど。
ぷるぷると小刻みに震える私は、トラヴィスにぐいと片手で抱き寄せられた。あらゆる意味でびっくりするからやめてほしいと思ったけれど、彼の表情は任務中の真剣なもので、何も言えない。
「セレスティア。最悪、この周辺にだけでも防御魔法で結界を張れる? この町ごと守るのは難しいかもしれないな」
「……ええ。もし魔力が足りなくて無理そうならそちらに切り替えるわ」
でもそれって、私が聖堂で見た未来とは違うのだけれどな。どうしても腑に落ちなくて首を傾げると、トラヴィスがきっぱりと言った。
「大丈夫。セレスティアは俺が守るから」
「……」
精悍な横顔が目に入って私は唇を噛んだ。これは神官としての任務なのに。そんな、命を懸けているみたいな真剣な顔はしないでほしい。
「各自位置につけー!」
「演習通り、タイミングを見て同時に攻撃魔法を放つ! いいな!」
王国騎士団の人たちの動きが騒がしくなっていく。
町の人や役人たちは避難を済ませ、ここに残っているのは精鋭の騎士たち。加えて数人の神官と、トラヴィスと私、だった。
燃えるような星の欠片がものすごい速度で落ちてくる。それに、騎士たちが次々と攻撃魔法を放っていく。
その魔法はひとつになり、欠片を包む。炎と光が混ざり合って、一瞬こちらに向かって落ちるものが見えなくなった。
「もしかして、うまく行った……?」
「いや、まだだ」
『セレスティア、そろそろてつだわないと、あぶないかも』
トラヴィスの厳しい声が聞こえた後、リルが私の肩まで登ってきた。
それと同時に光の靄が消えて、また星の欠片が見える。攻撃魔法で相殺するどころか、いくつもに分裂して降り注いできていた。
「くっ……無理か!」
「もっと威力の強い魔法を残しているものは!」
「おりません! 魔力ももう……」
騎士団から狼狽する声が聞こえる。
「……やっぱり、違う」
トラヴィスが息を吸う気配がして、次の言葉が聞こえる前に私は手を組んだ。聖女が魔法を使うのに必要な姿勢や動作はないけれど、何となく。
≪
聖女が聖属性の魔力で操る呪文はシンプルなもの。いつもとは違い、唱えただけで体から魔力が持っていかれる感じがする。それと同時に、空には白くて小さな光の粒が広がった。
それは、3日前に私が神殿の敷地内にある聖堂で見た光景によく似ていた。
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