第17話 味方が増えたようです

一度目の人生。私は聖女との啓示を受けた直後にお父様の死を知った。


 そして、喪が明けないうちにスコールズ子爵家を追い出された。ついでに、マーティン様から婚約破棄の宣告もいただいた。


 行き先――神殿、があったのは不幸中の幸いだった。ぼろぼろのまま神殿を訪れた私はバージルとペアを組むことになり、何となく誤解は解けたものの、美容に関して私があまりにも無頓着だったために仲良くはなれなかった。


 ちなみに妹のクリスティーナも巫女として神殿に通っていた。向こうには同情が集まっているのを見て悲しい気持ちになっていたのは遥か昔の話。


 『先見の聖女』は私のほかにもう一人いた。だから私はトキア皇国に修行に出してもらえることになった。トラヴィスと出会いつつ、そこそこ聖女としてのスキルを積んで、帰国。


 帰国した後もなお私を『スコールズ子爵家の性悪な姉』という目で見る人は多かった。その上、先見の聖女に求められる仕事の精度と重みといったら。


 出来損ない扱いされながら、私は彗星の到来を見た。やっと一人前になれた、と思ったら今度は流行り病の予知ができなかった。


 継母がその流行り病に罹り、先見の聖女のくせに黙っていたなとクリスティーナとマーティン様に責めたてられ、階段から落とされて15歳へと舞い戻ってしまった。


 ……最初から最後までひどくないですか?



「やっぱり、この人生が最悪だったわ。登場人物でいい人って、トラヴィスしかいない」


 一人納得して意識を浮上させると、バージルとトラヴィスが何やら楽しげにアクセサリーを選んでいた。


「あら、帰ってきちゃったの。ずっとぼーっとしていてくれてもよかったのに。ドレスのデザインはもう決まったわ。聖女用だと言ったら、大急ぎで仕立てて三日後には神殿に届けてくれるそうよ。よかったわね」


「あ、ありがとうございます。……それで、これは何を?」


「聖女が身に着けるアクセサリーを選んでいたところなんだ。身を守り、能力を最大限に発揮するために魔石を使った宝飾品を選んだ方がいいと思って」


「魔石を使ったアクセサリー……!」


 トラヴィスの答えに、私は思わず身を乗り出した。テーブルの上に並ぶ色とりどりの石。これを加工して好きなアクセサリーにするのだろう。一度目のときは全部既製品だったから、こんな楽しみもなくて。


 私は別におしゃれに興味がないわけではない。ただ、寒さをしのぎ清潔感を手にするのに必死だっただけなのだ。


「アナタ、こういうの好きなの?」

「き、嫌いでは……」

「4つの力を持つなら、身につけられる魔石も増えるはずよ。でも、じゃらじゃらつけるんじゃ洗練されないわね」


 さっきまで私を小馬鹿にするような話し方をしていたバージルは、途端に真剣な表情になって考え込んでしまった。


「……ドレスのデザイン、バージルが決めてたけど大丈夫? 声はかけたんだけど」

「大丈夫です! ぼうっとしていた私が悪いので!」

「そっか。でも、きっと似合うと思うよ。その、ルビーの瞳とキャラメルみたいな滑らかな髪にあわせて選んだ。絶対に……かわいい」

「!」


 トラヴィスの言葉に一瞬で頬が染まったのがわかる。人生で、こんなことを言われたのははじめてだった。

  

 トラヴィスは口元を隠すようにして頬杖をついている。それが少しだけ意味深な仕草に思えて、呼吸が速くなる。こんな風に女性に平然と歯の浮くような言葉を言う人ではないはずなのに。……違う、ドキッとしてはいけない。


 私は頭を振ってなんとか冷静さを取り戻す。


「あ、あの、バージルさん。私、ネックレスは今身につけているものが気に入っているので、ネックレス以外のものに加工していただきたいのですが」


「え? そうなると……4つの石をつけるとして……ブレスレットかしら。でもこの石をブレスレットに加工するのは難しいわね。石と石の間が狭くなるからコツがいるのよ。この店でオーダーしてもいいけど……いいわ、私の知り合いに頼んであげる」


 せっかく取り戻したお母様の形見を外したくないことを伝えると、バージルは真面目な顔をしてカタログをぺらぺらとめくりはじめた。デザインを考えているのだろうか。と、覗き込んだ私はあるページに目を惹きつけられた。


「あ」


 それは細いチェーンの中に石がランダムに配置された、めずらしいデザインのブレスレットだった。


 一度目の人生でバージルがこれを身に着けていた覚えがある。そのときも素敵だなと思っていたのだ。けれど、今バージルの腕についているブレスレットは違うもので。


「このデザインが好きなの? アナタなかなか見る目があるわね。このカタログは、国中の宝石彫刻士やデザイナーの作品を載せたものなのよ。これは、私の妹のデザイン」

「バージルさんって妹さんがいらっしゃったのですね」


「そうよ。体が弱くてベッドの上にいることが多いから、仕事はあまり受けていないけどね! 今回は特別、妹に頼んであげるわ。神殿での初期研修が終わったら私の田舎に行きましょ。魔石の加工って使用する本人が同行した方がいいものができるのよね」


「あ……ありがとうございます」


 こんな展開、これまでのループにはなくて私は目を瞬かせた。バージルと仲良くなりたいとは思っていたけれど、こんなにあっさり近づけるなんて。


「大丈夫なのか。身体が弱いのに難しい加工をしても」

「トラヴィス様、お気遣いありがとうございます」


 けれど、恭しくトラヴィスに向かって頭を下げるバージルを見て少しの違和感を覚えた。


「……トラヴィス、魔石の加工ってそんなに体に負担がかかるものなのですか」

「ああ。場合によっては命を縮める」


「そんな。……バージルさん、私やっぱりいいです。4つの魔石をネックレスに加工します。もしくは、いくつかに分けても」


「アンタは気にしなくていいのよ! それよりも問題は明日からの初期研修よ。プログラムは別だけれど、巫女も神殿に来るんでしょう。この話はしばらく忘れなさい!」


「?」


 巫女が神殿に来ることと、私の初期研修にどんな関係があるというのだろう。『それよりもバージルの妹さんの身体の方が大事だ』と口を開こうとした私をバージルは呆れたように遮る。


「アナタの様子を見ていれば分かるわよ。異母妹をいじめ倒してスコールズ子爵家を牛耳る性悪女が、そんなもっさい格好でイケメンとお出かけして高級店の入り口でもたもたするわけないじゃない」


「……!」


 隣でトラヴィスがふっと笑う気配がした。私はと言えば、うれしさで足のつま先から頭のてっぺんまで熱が駆け巡る。


 近づけたどころじゃなかった。誤解が解けて、味方が増えたらしい。

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