第18話 クリスティーナからの依頼

 スコールズ子爵家に戻った私は、いつも通り別棟の自分の部屋へ向かった。古いこの棟はあまり手入れもされていなくて、階段なんかは一歩踏み出す度にギッと音がする。


 一度目と二度目で、この別棟は私がお父様をなくしスコールズ子爵家を出た途端に取り壊されていた。今回はどうなるのだろう。お母様の形見はもう手にしているし、知ったことではないけれど。


 そんなことを考えながら自室の扉に手をかけると、なんだかしっくりこない感じがした。


「……んん?」


 いつも通りの簡素な部屋を見渡す。固い木のベッドに、クローゼットがわりの木の箱、ぺっしゃんこの絨毯、火が入っていない暖炉。本当に殺風景な部屋。


 ちなみに、広い別棟のなかでわざわざ比較的狭いこの部屋を使っているのは冬の防寒上の問題がある。少ない薪でも暖まれるように当時の侍女が考えてくれたのだ。


 話を戻したい。どうやら私の不在中にこの部屋に誰かが入ったらしい。盗られて困るようなものは何もないけれどどうして。


 開けっ放しになっていた机の引き出しを覗いてみると空っぽだった。


「たしか、ここにはマーティン様からのお手紙を入れておいたはず」


 『話せばわかる』『クリスティーナとの関係は誤解だ』『セレスティアっていい名前だね』が綴られた手紙はひどいと朝と夕方の二回送られてくる。


 実は今朝も届いたところだった。これは日刊紙かしらと呟いたら食事を運んでくれている使用人が笑いを堪えていた。


「持っていったのはクリスティーナよね」


 手紙なんてめったに届かないけれど、私宛てのものは継母が勝手に開けてしまう。マーティン様からのくだらない手紙を握りつぶさずに私のところへ届けたのは、マーティン様の実家・ヘンダーソン伯爵家との関係を気にしたのだと思う。


「ヘンダーソン伯爵家は歴史ある名門だもの。きっと、お父上にこっぴどく叱られたのだわ。それにしても、クリスティーナはマーティン様からの手紙を持ち去るなんて……ありがたいわ」


 ゴミの回収に感謝していると、ベッドの上に薄手の布が置かれていることに気がつく。


 色は淡いクリーム色で手触りは滑らか。光沢の具合から見てこれは間違いなく上質な絹でつくられた布だった。


「またクリスティーナからの依頼かしら」


 自分がループ中だという記憶を取り戻すまで、私は空腹をしのぐためクリスティーナの代わりに刺繍をしてあげていた。


 ほとんどこの別棟から出ることはなく生きてきたのだ。時間が余りすぎて私の刺繍の腕はプロ級になってしまっている。


 もちろん、お父様もお母様もそれはクリスティーナの腕と信じて疑わないけれど。布を広げるとぱさりとメモが落ちた。


 ―――――――


 今度のお茶会で使うテーブルクロスだからよろしく

 たくさんの糸を使って豪華に仕上げてよね


 ―――――――


 いや、おかしいと思う。


「本気なの? これ……」


 私はマーティン様に婚約破棄を告げた。それはマーティン様の行動に問題があるからだけれど、クリスティーナだって少なからず原因にはなっている。


 それなのに、いつもと同じように刺繍をさせようだなんて虫が良すぎるのではないだろうか。


「……」


 少し考えてから、私は神殿に持っていくバッグの中に絹の布を入れた。刺繍はしてあげようと思う。けれど、どんな形で渡すかは私に任せてほしい。


 

 ◇


「――この世界に存在する『魔法』は主に身を守り戦うためのものじゃ。だからこそ、聖女が使う聖属性の魔法は特にめずらしいものとして知られ、大切にされているのじゃ。


 攻撃や防御だけではなく、生き物の傷や大地の綻びを癒して治し、時には浄化してあるべき状態へと戻す。その力は特殊性を極め、戦場でも重宝されるんじゃ」

 

「……」


 翌日。大神官様のありがたいお言葉を私は神殿に併設された講堂の一番前の席で聞いていた。背中に突き刺さる巫女たちからの視線が痛い。たぶん、その中にはクリスティーナもいるはずだった。


 壁際に目をやる。バージル、シンディー、ノア、エイドリアンの4人が揃っている。他にも上級の神官の姿が複数あった。はじめの大神官様の講義で新しい後輩をチェックするのは神殿の慣例だ。


 その中にトラヴィスの精悍な立ち姿は見えなくて、少しがっかりする。……違う。特別に意識するような相手ではないのに、昨日の『かわいい』が効いているだけなのだ。


 私は頭をぶんぶんと振って大神官様のお話に集中する。結局、ただ聖女を褒め殺しているだけだったけれど。


 今回研修を受けるのは、神官が7人、巫女が15人、聖女は私ひとり。


 全員が泊りがけで行う初期研修を終えると、聖女と神官だけが寮に入ることになる。ちなみに、この人数比では圧倒的に神官が余ってしまう。だから聖女と組まなかった神官はサポートに回ることになる。


 啓示の儀で神に仕える資格を得られるのは貴族だけではない。私の『同期』は22人いるけれど、その中の半分は平民出身だ。それなら半分は継母がばら撒いた悪評を知らないかと思えばそうでもない。


「……これで最初の講義は終わりじゃ。各自レポートを提出するように」


 大神官様のありがたい講義を終えて立ち上がった私の前に、ずらりと新入りの巫女たちが並んだ。巫女というだけあって全員女子だ。ちなみになぜか聖女も女子だけ。


 話を戻したい。私の進行方向を塞いだ彼女たちの雰囲気はけっこう険悪で。私に何かを言いたいのは容易に想像できた。


 はあ。『聖女』を思いっきり持ち上げすぎていたさっきの講義、聞いてなかったのかな。

 

 そう思ったところで、私の視界は美しいウエーブヘアに遮られた。

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