第16話 エスコート
カラン、と鐘の音が鳴ってドアマンがお店の扉を開けてくれた。上質なスーツを着て、好感度の高いさらっとした微笑み。
普段、私はこんな対応に慣れていない。戸惑って立ち止まるとトラヴィスが自然と左側に立ち右ひじを差し出してくれた。そっと彼の右ひじに手を置くと、ゆっくりと歩き出す。
「……セレスティア、どうかした?」
「い、いいえ、何でもないです」
思わず頬が緩んだところを見られてしまった。貴族にとっては当たり前の所作なのに、私はこんなエスコートを経験してこなかった。そのせいで、とてもくすぐったい気持ちになる。
値踏みをするような視線だったドアマンも歓迎の言葉を口にしてくれた。
そっか。こうやって歩くんだ。いくら人質生活を送ってきたとはいっても、こういう姿を見るとやはりトラヴィスは王族なのだと実感する。
お店の中はとても広かった。中央にはふかふかのソファとテーブルがいくつも並んでいて、その周りをぐるりとドレスや靴などの商品が取り囲んでいる。ちなみに、ソファには美しいウエーブヘアの女性客がひとり。
壁際に並んだ商品はどれもあくまで見本で、欲しいものを店員に相談して持ってきてもらうスタイルなのだろう。
「今日は何をお探しでしょうか」
洗練されたスーツを着た店員さんがトラヴィスに話しかけた、その瞬間。
「あ! セレスティア・シンシア・スコールズ!」
ソファに座っていたブロンド美人にフルネームを呼ばれた。意外なことに声が野太い。
「バージル」
「トラヴィス様……!? きょ、今日は何をお探しでしょうか」
偶然にも、先客はさっき私が仲良くなりたいと話していたバージルだったらしい。そして、トラヴィスが呼び掛けると一瞬で店員になった。
あらゆることを察知した本当の店員さんがすっと下がっていく。高級店のおもてなしってすごい。
「彼女が神殿に入る支度をしに来た」
「あら! それならアタシがお手伝いいたしますわ」
バージルの目の前にはたくさんの箱が積まれている。自分のお買い物はすでに終了、といったところなのだろう。
「聖女用のドレスは専用の布を使っていればどんなデザインでもいいのよね。アナタ、私が居合わせてラッキーよ」
バージルはそう言うと、ひらひらと手だけで店員さんを呼び寄せて奥の部屋へと消えてしまった。どうやら常連らしい。
これまでのループでは、既に出来上がった聖女の服を支給された。ちなみに、三回目と四回目では支度金を使い込んだと思い込まれて、非常に気まずかった。
実家にとられました、と話しても、みな継母がまき散らした悪評のほうを信じているのだから埒が明かない。悲しい想い出とともに、ある疑問が湧きあがる。
「あの、バージルさんってトラヴィスの事情を知っているのでしょうか?」
「ああ、知ってるよ。あの神殿にいる神官は皆知ってる。ただ、巫女は知らないかな。巫女は人数が多いからわざと教えていない」
「なるほど」
「こそこそと内緒話をしてんじゃないわよ」
納得していると、もう戻ってきたらしいバージルに間に割って入られた。手には分厚いカタログが積まれている。まさか、一からオーダーするのだろうか。
「あ、あの、バージルさん。神殿での研修は明日から始まりますし、私は既製品を購入しようと……」
私の答えにバージルは眉を吊り上げる。
「いい? 女子が身に着けるものにどうでもいいなんてないのよ? 大体にしてアナタ、その格好で出てきたわけ? 仮にもトラヴィス様と一緒なのよ? デートみたいなものよ? 普通の女子なら、ごちゃごちゃに着飾ってみっともないわよもうちょっとアンタ引き算しなさいよ! って怒鳴りたくなるはずなんだけど」
「え、ええと、気が済むのなら怒鳴ってください」
「どこに怒鳴れっていうのよ! その味気ないドレスにすっぴんに適当にセットした髪! 靴はヒールがすり減ってるじゃないの! アクセサリーもネックレスひとつ? これ以上引いたら何にもなくなっちゃうわよ!」
反論の余地がない。
私はついこの前まで、たった二つだけのドレスを着回し、何のアクセサリーも持たず、外出時には異母妹のドレスを借りてやり過ごしていたのだ。
記憶を取り戻し、父に買ってもらったのはコートと数枚の外出用のドレスだけ。そのドレスも、TPOを考える余裕などなかった。とにかく着まわしやすいものを、それだけで。
「……アナタの侍女は相当に仕事嫌いかセンスがないのね」
私をソファに座るように促すと、バージルは向かいに座ってカタログを広げた。私の隣に腰を下ろしたトラヴィスは楽しそうに笑う。
「……誤解を解く必要もなさそうだな」
「だといいのですが」
もちろんこれは継母が広めた悪評についての話で。小声で話していると、バージルがカタログをこちらに見せてくる。
「アナタは背が低いし華奢だから、丈が長いものはだめね。それから……もうすぐ16歳にしてはきれいだし顔立ちが大人っぽいから、あまり可愛らしいデザインでもない方がいいわ」
「は、はい」
「聖女用の服は魔力の干渉を受けない特別な布でつくられるのよ。実用性重視で野暮ったいデザインのドレスを着ている聖女が多いけど、それは間違っているわ。ルックスを磨かない聖女なんて、いまいち守る気がしないもの」
「は、はあ」
一度目の人生で私たちの距離が縮まらなかったのはそのせいだったようだ。それにしても一体、この会話はどこへ向かっているのだろう。
訳がわからないので、このバージルと一緒に過ごした一度目の人生のことをほんの少しだけ振り返ろうと思う。
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