第15話 街へ向かいます

「トラヴィス……殿下」

「トラヴィス」

「と、トラヴィス」

「そう、トラヴィス」


 満足そうに微笑むトラヴィスに、私ははーと息をつく。街へと向かう馬車の中。私は友人の名前を呼ぶ練習をさせられていた。


 昔……いや、一度目の人生では呼び捨てていたし、今も心の中では当然敬称を使わない。けれど王族だと知ってしまったからには心情的にそういうわけには行かないのだ。


「ただ名前を呼ぶのがそんなに大変?」

「は、はい。国の偉い人に知られたら大変なことになってしまいますから」


「だって、今日はこれから街へ買い物に行くだろう? 街中で殿下と呼ばれたらたまったもんじゃない。がんばって、ほら」

「と、トラヴィス様」


「様はいらない」

「トラヴィス……」

「そう。よくできたね」


 にこりと微笑んだときの人懐っこいやわらかさ。やはりそれは国王陛下と似ている気がする。包み隠さない感想をうっかり口にしそうになって慌てて呑み込んだ。彼にとっては枷でしかない。


 今日、街へ行くことになったのはトラヴィスに誘われたからだ。


 明日から、この半年間で『聖女』『神官』『巫女』と啓示を受けたものの研修が始まる。その準備のため『巫女』には専用のドレスが支給され、神殿直属の寮に入ることになる『聖女』と『神官』には支度金が出された。


 あれから、私は大神官様にお願いをしてペアを組む神官の決定を先延ばしにしてもらった。大神官様は「それならいっそのこと5人全員をつけるか」と怖いことを仰っていた。


 そのときに、その場に居合わせたトラヴィスに聞かれたのだ。「神殿に入る準備はどうするの?」と。


 過去のループでは、まともに準備をしないまま神殿にお世話になることになってしまった。一度目と二度目は家を追い出されて支度をする暇がなく、三度目と四度目は支度金がクリスティーナのドレス代になった。


 こんなにゆっくり家を出る準備ができるのははじめてのこと。けれど、別棟で育った私はある意味『箱入り娘』である。15歳からは聖女としてループを重ねているけれど、お買い物には全然自信がない。


 トラヴィスは反応が一瞬だけ遅れた私に何かを感じ取ったのか、街へと誘ってくれたのだった。


 ちなみに、この国にいる間のトラヴィスはただの神官ということになっている。『聖女』である私となら、同じ馬車に乗っていて不名誉な噂が立つことはない。


「と、トラヴィス……はルーティニア王国の王都に明るくないのだと思っていました」

「人質扱いではなくなった12歳過ぎから、定期的に訪問してはいるな。いつかはこの国に戻って暮らさなくてはいけない」


 さっきまでは優しく穏やかな表情を見せてくれていたのに、国の話題になると途端に精悍な面持ちになってどきりとする。待って違う、ドキッとしてはいけない。私は慌てて話題を変える。


「わ、私、バージルさんと仲良くなりたいのです」

「ああ、あの綺麗なブロンドヘアの」

「はい。彼は私にあまり偏見を持っていない感じがします」

「……たしかに、そんな気はするね」


 トラヴィスのあいまいさは優しさなのか正直なのか。きっと神殿で私に関する噂を聞いたのだろう。それを信じるような人ではないのは知っているけれど。


 話を戻したい。私がバージルと仲良くなりたいのは本当だ。


 あの4人の中で一番私への悪評の誤解を解きやすくて、かつ精神的に大人な気がする。一人誤解が解ければ、それが周囲にも広がるかもしれない。


 『誰に何と思われたっていい』そんな風に思えるほど私は強くない。それに、この先に起きることを考えても味方は多いほうがいいのだ。


 加えて、大神官様の口振りから考えると5人全員が私につくことになるのもなくはない気がする。しきりに能力のことを褒めそやしてくださるけれど、実のところ私は聖女歴五回目だ。ズルをしている申し訳なさと恥ずかしさで死にそうになる。


「……しかし、俺は前向きに考えると言ったはずなんだけどな?」

「でも、決めるのは私だとも仰いました」


 だって、誘った時点では彼が王弟殿下だなんて知らなかった。知っていたら絶対に誘っていない。友人にはなりたいけれど、相棒として選ぶには畏れ多すぎる。

 

 トラヴィスの整った横顔を眺めているうちに、馬車は神殿御用達の服飾品やドレスを扱う店へと到着した。

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