第13話 彼は高貴な人でした

「……セレスティア嬢。訳の分からない話をしてもいいでしょうか」

「はい、もちろん」


 人生がループ5回目、以上に訳の分からないことなどないと思う。問題なかった。


「実は、今日はいろいろなことがありすぎて困惑しています」

「私がトラヴィス様と組みたい、と言ったことですか?」

「まぁ、一応はそれも含まれますが」


 彼は言い淀んでからまっすぐに見つめてくる。さっき並んで座ってから目が合うのははじめてのことで。


 こちらを見透かすような眼差しの中の、数秒間の沈黙。さすがにどきりとするようなことはない。彼はそういう相手ではないから。


「……セレスティア・シンシア・スコールズ嬢。そういえば、私のきちんとした自己紹介がまだでしたね」

「きちんと?」

「はい」


 急に声色が変わって、私は目を見開いた。


「私の名は、トラヴィス・ラーシュ・ガーランドと言います」

「……はい?」


「爵位は侯爵。神官の能力を持ち、諸事情により今は神殿にこの身を預けています。年の離れた兄が一人いて、兄の名はアルフレッド・クリフォード・セオドリック」


 ん?


「……お兄様、国王陛下と同じ名前ですね?」

 

 嫌な予感がする。


「はい。年齢は離れていますが兄が国王です」

「こ、こくお……?」

「それでも私を相棒に選びたいですか?」

「……!」


 ――つまり、トラヴィスは王弟だ。国王陛下に弟がいるなんて聞いたことがなかった。加えて、それぞれ独立して尊重し合うはずの王宮と神殿の両方に出入りしているなんて。


 というか、私って王族になんという申し込みをしてしまったの!


 けれど、トラヴィスの話はここで終わらなかった。


「もうひとつ、話しておかないといけないことがあります。――私たち神官が持つ神力には少し不思議な特性があります。聖女が持つ聖属性の魔力にとても弱く、条件を満たした相手の魔力にひとたび触れると、たまらなく愛しい気持ちになるようです」


「……初めて知りました。それって、惚れ薬みたいなものなのでしょうか?」


「それぐらい邪なものなら気楽ですね。しかし、感覚では『本能に植え付けられているもの』に近い気がして驚いたところです。そもそも、条件を満たす相手に出会うことがまずありません。聖女自体が少ないですから」


「え……ええ」


「以前読んだ書物には一目惚れのようだと書いてありました。それ以前に、条件を満たす相手とは、神力の交わりがなくてもいずれ慕う相手なのだと」


 なんだか話がおかしな方向に行っている。けれど、彼が何について話したいのかは理解できた気がした。


「つまり……神官が魔力に触れて好きになる聖女っていうのは、そもそもその神官にとって運命の人、ただ恋に落ちるのが早くなるだけ、ということですか?」

「その通り」


「仰ることは理解しましたが、どうしてこの話になったのか意味がわかりません」

「今は聞くだけ聞いてくれればいいよ」


 いつの間にか、トラヴィスは一度目の人生のときのような口ぶりに変わっていて。私はベリーソースとチキンのサンドイッチをランチボックスに置いた。


 王弟殿下の自己紹介を聞きながら、もそもそと食事をしていた私も私だ。でも、なんだかこの会話が特別なもののような違和感に緊張してしまう。


「俺は、三歳のときに講和の条件として隣国・トキア皇国に行かされた。それからずっと人質生活を送っているんだ」

「人質……」


「ああ。ただ、実際にはかなり楽にさせてもらっていたんだ。形式上のものだったからね。12歳で人質となる期限が延長されたが、それも皇帝陛下がルーティニア王国での俺の立場を心配して提案したものだ。トキア皇国には感謝してるよ」


 だから、私は一度目の人生で彼とトキア皇国で出会ったのだ。頭を殴られたみたいな衝撃。記憶の中のトラヴィスの笑顔が浮かんできて、胸が詰まる。


「……随分、大変な想いを」


「いや、実質人質じゃなくて留学生みたいなものだからね? 今も、トキア皇国からはいつでも国に帰っていいと言われているし……ただこの国の王太子殿下は14歳。俺と年齢が比較的近い。余計な摩擦を生まないように、国外で過ごしているだけで。今回も事情があって数か月だけこの国に戻ったが、王宮には出入りしない」


「私……神官として一緒に働いてほしい、なんてひどい無礼を。お許しください」

「いや、それに関しては前向きに考えたいと思う」

「はい?」


 会話の行き先が予想したものとは違っていて、私はぽかんと口を開けた。


 この人生で、トラヴィスとまともに話したのはこれが初めてなはず。なのにペアを組むことに前向きなのはなぜ。


 誘った方の私だってさすがに数週間はかかるかなと思っていた。あっさりすぎて意味がわからない。もう一度言う。なぜ。


「ペアを組む神官を選ぶのに、知っておいてほしいことは伝えた。あとは、選ぶのはセレスティア嬢だよ」

「……ハイ」


 人は、目の前にいるのが王族だと思うと意味不明でもつい肯定の返事をしてしまうようだ。


 とりあえず、一度目の人生でトラヴィスが私に親身になってくれた理由がわかった気がする。


 私がマーティン様に未練たらたらでトラヴィスを好きになる心配がなかったからではない。私の身の上話に同情し、共感してくれたからなのだ。


 ……たぶん。


 ここでひとつ、疑問が残る。



 ……私、さっきトラヴィスの神力で能力を鑑定してもらわなかったっけ?


 

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