第12話 『彼』との思い出
不意打ちの言葉にパンがのどに詰まった。苦しい。手探りで水筒を探すと目の前にカップが差し出された。
それを持つ彼はニコニコと微笑んでいて。こんなふうにやり取りをするのが懐かしいなぁ、と思いながらひとまずカップはありがたく受け取る。
ごくごくと紅茶でサンドイッチを飲み込んだ私はやっと息ができた。
「トラヴィス様、ありがとうございます」
この人生で早くも二度命を救ってくれた恩人に頭を下げる。すると、トラヴィスは私の隣を指差した。
「こちらに座ってもいいでしょうか」
「はい、もちろんです」
この裏庭にベンチはひとつしかない。朝食か昼食かおやつかはわからないけれど、彼も食事の時間らしかった。
ちらり、と横顔を覗き見る。いつも通りの涼しげな横顔。久しぶりの友人との再会に何と言ったらいいのかわからない。けれど、まずはとりあえず『聖女』として誤解を解かなければ。
「あの、さっきの質問ですが。神にお仕えできるのは本当に幸せなことです」
「それならよかった」
こちらに向けられる微笑みに心が温かくなって、途端にたくさんの感情と思い出がこみ上げてくる。
ああ、話したいことがたくさんあったな。
ほかのループでもトラヴィスを探したこと。
トラヴィスと別れてから私は彗星を見て、一人前の聖女として認められたこと。別の人生では黒竜の討伐に行ったし、流行り病の治療のときはトラヴィスが教えてくれたことが役に立った。
落ち込んだ夜には大神殿のてっぺんから星を見せてくれた。正直、女の子に冷たい彼がそんな気遣いをしてくれたのが本当に意外で。
私は、今でもたまにあの星空を思い出す。
それから、振られてもなおマーティン様に手紙を送りたかった残念な私を馬鹿にしないで見守ってくれたし、頼れる人がいなくてさみしくなったときには何を置いてでも話を聞いてくれた。
たった半年の間ではあったけれど、確かに私たちはいい友人だった。
そんなことを言えるはずはないけれど。
一人、思い出に浸るのが寂しくなった私はつい最近のお礼を伝えることにする。
「トラヴィス様、この前は助けてくださってありがとうございました」
「え?」
「……馬車に乗っていて、強盗に襲われまして」
「……ん? ああ! あの馬車に乗っていたご令嬢はセレスティア嬢でしたか」
やっと、何のことか思い出したようだ。啓示の儀のために神殿へ向かった日、私を助けてくれたのはトラヴィスだった。
「素手で殴り込んできたので……正気かと思ったのですが。神官なのでしたら納得ですね」
「はい。神官の力を持つ者は、啓示を受けてすぐに体も力も強くなりますから。神力を抱えられるようにと……さっきは驚きました。私をセレスティア嬢の相棒に、と仰るので」
「……トラヴィスさんは
「女性に困っている、ですか?」
目を見開いた彼に、私はふふふと笑みを返す。
「ええ。だって、強盗から助けてくれてすぐにいなくなってしまったのは、お礼を押し付けられないためですよね? 命を救っただなんていったら、それを口実に寄ってくる女性がたくさんいそうです」
「……いえまさかそんなことは」
上品なポーカーフェースを貫くトラヴィスにもわずかに動揺の笑みが浮かんでいる。さっきまでの、完璧な神官様の表情をくずせたようで少し楽しい。
一度目の人生、トキア皇国で出会った彼はものすごく女の子に人気があって困っていた。
わずか半年間しか知らない私でさえ、さまざまなトラブルに巻き込まれていて。もし強盗から女の子を助けたりしたら、これ幸いとばかりにあらゆる力技で結婚に持ち込まれてもおかしくないと思う。
当時、信じられないことに私はマーティン様への未練を持っていた。婚約破棄され、家を追い出されても目が覚めないなんて、本当にありえない。
だからトラヴィスの完璧すぎる外見に興味を示さず、私たちは友人になれたのだ。
「私とトラヴィス様が組めば、そういうトラブルを避けられるのではないでしょうか。聖女と神官はずっと一緒に行動しますから」
私もあの神官4人の中の誰かと組むことはなくなる。思い付きの提案だったけれど、これはかなりいいプランな気がする。
「……」
あっさりかわされるかと思ったのに彼は少し考え込んでしまったので、私はもう一押ししてみることにする。
「詳しくは言えませんが、私が誰かに恋をすることはありません。もし好きになることがあったら、それは死ぬときです。だから面倒なことになる前に消えていなくなると思います」
「……それは、どういうことですか?」
わずかな動揺で堪えていたように見えた彼の心が、大きく乱れたのがわかった。
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