第11話 ループ5回めの力②
「な、なんと」
「まあ」
大神官様は驚きの声をあげ、後ろの4人は目を見開いて固まった。一応、私も驚いたふりをする。
「俄かには信じがたいですが、聖女の力のもととなる聖属性の魔力も……恐らく一般的な聖女の5倍程度はあるかと。前例がないのでは」
「あ」
5倍、に心当たりがありすぎて声が出る。
そうだ。私の人生は5回目。ループした分だけ力が溜まっているということなのだろう。
「代わりにサイドスキルが見当たりませんね。ここまで突出した力があるのなら、サイドスキルがないとおかしいのですが」
「サイドスキル、でしょうか」
はじめて聞く言葉に、私は首を傾げた。
「そうじゃ。あまり知られていないが、一部の選ばれし聖女にはサイドスキルというものがある。めったにいないし、啓示の儀では明らかにならない。聖女として過ごすうちに判明するパターンが多い。仮に神から既に受け取ったと仮定して、彼に見通せないスキルとなると……相当、非凡なものか」
過去にループした人生の分、聖女としての力を蓄えてしまったというのは納得できる。けれどその――大神官様の仰る『サイドスキル』とやらはなぜ見当たらないのだろう。
私の戸惑いに関係なく話は進んでいく。
「聖女は相性のいい神官とペアを組んで行動しますよね。セレスティア嬢の能力を考えると……」
トラヴィスの言葉に後ろの4人がびくりと身構える。そんなに嫌がらなくてもいいと思う。
私だって、継母がばら撒いた悪評を信じない神官と組みたいし、私を殺さない人を側に置きたいです。まぁ、現時点でこの神殿にはいないと思うけれど。
……あ。
適任者が一人だけいることに気がついてしまった。
継母がばら撒いた悪評を知らなくて、もし聞いても信じなくて、たぶん私を殺さないだろう人。
一緒に行動して楽しいのも助けになってくれるのも全部わかっていて、危険があったら救ってくれて私も絶対に救おうと思えて、そして好きにならないだろう人。
「あの、大神官様! 私、この方と組んではだめでしょうか?」
私が指し示した先には、涼しげな目元に覗く瑠璃色を揺らし、驚いた表情のトラヴィスがいた。ついさっきまで神力を使っていたからなのか、呼吸はまだ整っていなくて、頬が赤い。
私と目が合うと、さらに顔を赤くして気まずそうに答えてくれた。
「私、でしょうか。セレスティア嬢」
「はい、ぜひ。トラヴィス様!」
お茶を飲んでいた大神官様がぶふっと吹き出し、シンディーがハンカチを差し出すのが見えた。
◇
神殿の裏庭。
ここは、神殿の加護のおかげで冬でも快適な気温に保たれている。
能力鑑定を終え解放された私は、ベンチに座ってさっき残った朝食をもぐもぐ食べていた。トラヴィスの顔を見ていたら、ランチボックスに入っているサンドイッチを思い出したのだ。
「……このサンドイッチの味を教えてくれたのは彼なのよね」
結論から言って、大神官様はトラヴィスと私が組むことを止めはしなかったけれど勧めもしなかった。残ったのは『本人同士で話し合うように』というありがたいお言葉である。
大神官様は、基本的に私たち聖女や神官のことを尊重してくださる。つまり、丸投げだった。
一度目の人生のことを回想する。
私は『先見の聖女』だった。先見の聖女は未来を見通す力を持つ。けれど、狙った未来を好きなタイミングで見られるわけではない。
だから聖女の力のもととなる聖属性の魔力を鍛えたり、神様に仕える者として思考を洗練させるという修業が必要になってくる。
そこまでしても自分が死ぬことを予期できなかった残念な『先見の聖女』もいる。もちろん、私のことだけれど。
「一回目のとき、お父様が亡くなってマーティン様に婚約破棄をされた私は、少ししてからトキア皇国に向かうことになったのよね。トキア皇国にはこの世界のすべての神を束ねる大神殿があるから」
もぐもぐと咀嚼しながら考える。
甘酸っぱいベリーソースと塩気のあるチキンはやっぱり相性がいい。このサンドイッチは、そのトキア皇国で一般的な料理のひとつだ。
修行のためにトキア皇国に到着した私は、休日の街でトラヴィスに出会った。彼はいつも軽装だったけれど、短剣を携えていた。
だからトラヴィスは騎士かなにかなのだと思っていた。まさか神官の力を持っていたなんて。
トキア皇国での滞在はわずか一年の半分ほどだった。けれど、私たちは友人として仲良くなった。
修行の期限が訪れ、私はルーティニア王国へと帰国し異母妹とマーティン様(悔しいことに私は彼に未練があった、信じられない)にもう一度ひどい形で傷つけられ、死んだ。
「というか、この人生が一番悲惨だったかも」
「……神に仕えるのは本意ではない?」
「んっっ」
背後からかけられた声に、私はサンドイッチを詰まらせた。
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