第9話 トラヴィスとの再会

考え事をしていたので、朝食を食べきるチャンスを逃してしまった。あわてて、ベリーソースとチキンのサンドイッチをランチボックスにしまう。


 これは隣国の料理で、一度目の人生で私が知ったこの世で最もおいしいもの。後で食べよう、と思いながら馬車を降りた私はこの前啓示を受けたのとは違う棟に向かったのだった。





 到着した部屋で待っていたのは、大神官様と覚えのある4人の神官だった。


「突然呼び出してすまないね。この前の啓示の儀を受けて、セレスティア嬢の能力を詳細に判定しようということになったんじゃ」

「いいえ。私も不思議だったので、こんな早くに機会を設けていただき感謝しています」


 じゃ、とわかりやすくおじいちゃんな言葉遣いをする大神官様が私のお父様と年齢が変わらないことは知っている。見かけ通り穏やかで温かな人だ。


 問題なのは、その後ろに見える4人の神官だった。


 向かって左から、バージル、シンディー、ノア、エイドリアン。なんの偶然なのかは知らないけれど、一度目から四度目までの私の相棒が順番に並んでいる。


 相変わらず、もれなく視線は絶対零度。そう、はじめは皆冷たかった。母親違いの妹をいじめ倒す、という継母がつくりだした私の評判に騙されているから。


 ちなみに、エイドリアンには4回目の人生の最後で裏切られた。つまりそれはそういうことで。だからなるべく関わりたくない。視線すら送らないことにする。


「聖女様と神官は、二人一組で行動することになります」

「……はい」

「先見の聖女、戦いの聖女、癒しの聖女、豊穣の聖女、それぞれと相性のいい神官がペアになります」


 綺麗な顔で説明してくれるのは、二度目の人生で私の相棒だったシンディーだ。4人中唯一の女性で、サラサラのブロンドヘアにショートカットがよく似合っている。


 このシンディーは4人の中で唯一、回復魔法が使える神官だ。


 神官とは聖女の護衛にあたり、性質的に身体的・神力的に強い者に啓示が授けられることが多い。


 だからこの4人もとてもきれいな外見をしているけれど、めちゃくちゃ強いのだ。


 ちなみに、キャラもなかなかに濃くて私はこの先いろいろと苦労することになる。


 今回は誰と組むことになるのだろうか。できれば、この中の誰でもなくほかの人にお願いしたい。とにかく、何をおいてもエイドリアンだけはやめてほしい。


「今から、セレスティア様には能力鑑定を受けていただきます」

「能力鑑定?」

 

 5回目の人生にしてはじめて聞く言葉に首を傾げると、シンディーではなく大神官様が頷いた。


「そうじゃ。神殿の石版が割れてしまったからのう」

「……申し訳ありません」


「いやいや。気にするな。本当なら、神からの啓示を受けるとあの石には4つの聖女のうち何の力を持っているのかが古代神話文字で刻印されるはずなのじゃ」

「……な、なるほど」


 実は過去の人生でその4種類をコンプリートしています、なんて言えるわけもなく。私はあまりの気まずさに大神官様から目を逸らす。


 すると、ちょうど一番左のバージルと目が合った。彼の滑らかなウエーブヘアはいつ見てもきれいに手入れされていて、この人生でも変わらない。


『大神官様から目を逸らしてんじゃないわよ』、というどすのきいた声が聞こえそうで、私は縮こまった。悪い人ではないのだけれどな。


「もう一度石版で啓示を確認するべきなのじゃが……予備がなくてのう。神官たちに作り直させているところじゃが、少し時間がかかる」

「……はい。ご迷惑をおかけして……」

「だから気にするなと言ったじゃろう」


 これまでの人生では普通に啓示の儀を終えることができていたのに、どうしてこんなことに。だから私は何の警戒もせず啓示の儀に臨んでしまった。


 ちなみに、前回までのループで得た力が今世でも使えるということに気がついたのは4回目のループのお終い近くだった。もっと早く気がついていたら死なずに済んでいたのかもしれないけれど、今さら言っても仕方がない。


「……石版のかわりに『能力鑑定』というものをするのですね」

「ああ、そのとおりじゃ。本当に運がいいぞ。タイミングよく適任者がここにいてな」


 ここ? 神殿内の一室にしては近代的すぎる機能的な応接室をぐるりと見回すと、私の後ろの扉が開く気配がした。


「トラヴィス」


「!」


 大神官様が呼んだのは私の友人の名前だった。驚いて振り返ると、ついこの前私を強盗から助けてくれた彼がいた。


「一時的に神殿の手伝いをしているトラヴィスです」


 緊急事態すぎてこの前は気がつかなかったけれど、随分と上品な身なりをしている。サラサラの前髪からこちらを覗いてくる、自信たっぷりな瞳。


 にこりと微笑んだトラヴィスはさも当然という風に大神官様の隣に腰を下ろした。あまりにもナチュラルな動きに驚愕する。まって。どういうことなのだろう。


「セ……セレスティア・シンシア・スコールズと申します」

「よろしく、セレスティア嬢」

「……」


 大神官様はとてもえらい人で、この神殿に奉仕する神官たちだけではなく、聖女や巫女も束ねるお方にあたる。


 神に仕える私たちのトップに君臨する大神官様は、冗談ではなく国王陛下と同じぐらいの権力を持っているのだ。


 その大神官様と対等に接するトラヴィス。そして、咎めない大神官様と4人の神官たち。……え、どういうことなの?

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