第8話 恋をしてはいけない?
数日後。
スコールズ子爵家には神殿からの迎えの馬車が来ていた。私の能力について詳しく知りたいのだという。
「セレスティア、今日は一人で神殿に行くのかい。この前の件もあるし、一人では心配だな」
「問題ありませんわ、お父様。それよりも、素敵なコートを買っていただきありがとうございます」
お父様に向かってニコニコと少女らしい笑みを浮かべると、視界の端に顔を引き攣らせる継母と異母妹が映った。
「当たり前だろう。それにしても知らなかったな、セレスティアの好みがわからなくて新しいコートを買ってやっていなかったとは。マーシャも直接聞けないなら相談してくれればいいものを」
「あ、あら、それはセレスティアが……」
口を挟んだ継母に私は重ねる。
「ふふっ。そうだったのですね。クリスティーナからは私の服を買うのに許可がいると聞いていたもので」
「も、もう、お姉さまったら何を……」
「クリスティーナ、お母様の形見を返してくれて、本当にありがとう」
「!」
今日、私の胸元にはお母様の形見のネックレスが光っている。昨夜、夕食の席でこのネックレスのことを話題に出し、取り戻すことに成功したのだ。
記憶を取り戻すまでの私には、こういう計算高いところがなかった。
毎回、記憶を取り戻す度にそれまで何の口答えもせず無気力に生きていた自分への怒りを感じる。ループをくり返す度に15歳からが図太くなってしまった、というのもあるとは思うのだけれど。
「お前たちは物の貸し借りをするほど仲が良くなっていたのか。うれしいぞ」
あやうく『婚約者もね』と応じそうになったので私は口を噤んだ。
そもそも、ネックレスぐらい貸してあげなさいと言ったのはお父様なのに。でも何も言わないでおく。家を出るまではお父様を敵に回さない方がいい。
現実を見ようとせずひたすら強そうな方に従うお父様はマーティン様と同類だと思う。でもまぁ、当面の温かさは手に入れたのでよしとしたい。
私はこんな面倒な家とは縁を切り、自由になるのだから。
「それにしても、マーティン様って意外としつこいのよね」
馬車の中で朝食のサンドイッチを頬張りながらため息をつく。今日は朝食も勝ち取った。私を空気扱いする使用人に紛れて厨房に入り込み、ベリーソースとチキンのサンドイッチを作ったのだ。
私は食べることが大好きだし、食事のときの会話も何もかも、生きる楽しみなはずだった。固いパンと具のないスープで満足していた自分を叱りたい。
頭の中を人類の底辺にいる人に戻す。マーティン様からは『婚約破棄なんて認めない』という手紙が何通も届いていた。これまでに手紙など届いたことはなかったのに。
「一度目の人生の私がマーティン様を本気で好きだったなんて信じられないわ。頭がどうかしていたとしか思えない」
5度目の人生を送る私には、彼が手のひらを返した理由がわかる。
「クリスティーナの生まれでは、婚姻を結ぶ際に問題が出るのよね。あの子の評判はつくられたものだもの。マーティン様のヘンダーソン伯爵家は歴史ある名門だもの。クリスティーナの母親が平民だということを突く勢力は出てくるわ」
ぶつぶつ言いながら記憶を掘り起こす。どの人生でもクリスティーナは妾としてしか認められなかった。
さらに、まともな家はマーティン様との縁談を受けてくれなくなる。面倒は遠慮したいに決まっているから当然だ。
過去の人生、頭がお花畑になって意気揚々と婚約破棄してくれたのは、クリスティーナにけしかけられて気が大きくなっていたのだろう。
今回は私から告げられて急に冷静になり縋ってきた。本当に残念な人。
ちなみに、手紙には『話せばわかる』『クリスティーナとの関係は誤解だ』『セレスティアっていい名前だね』と呪文のように綴られていた。
婚約破棄を告げたけれど、ただでは逃してくれない気がして身震いがする。
「けれど、問題はこんなところではないのよね」
そう、私はとても重要なことに気がついてしまったのだ。
「……私がこれまでの人生で死んだきっかけって『人を好きになったこと』な気がする……」
物騒な話だけれど、一度目も二度目も三度目も四度目も全部、私は好きな人によって命を絶たれた。
別に惚れっぽいとかそういうわけではない(と思う)し、恋愛的な意味の『好き』ではなかった想いもある。けれど、確かに心を許そうとした相手に裏切られ、生を奪われた。
「……ということは、人を好きにならないことがループ脱却への答えなのではないかしら」
私だって、終わりのない人生を永遠に彷徨いたくはない。今は自由に生きたいとか言っているけれど、あと五回もループすれば精神的な限界が来る気がする。
――目標は、さっさとスコールズ子爵家を出て聖女として働くこと。そして、ループから抜け出して平穏な人生を送ること。
「私は誰も好きにならない。生きるために恋はしない」
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