第7話 異母妹と婚約者の密会

「すごいね。クリスティーナは巫女に適性があると判断されたんだ」

「えへへ。クリスティーナに務まるかはわかりませんが……精一杯頑張ります!」


「クリスティーナはいつも一生懸命だね。セレスティと同じ家にいては気が休まらないだろう? それなのに笑顔を絶やさず……本当にえらいよ」


「マーティン様、そんなことはおっしゃらないでください! クリスティーナは……冷たく当たるお姉さまの気持ちをわかってあげたいのです! 早くにお母様を亡くされて……きっと、寂しい想いを……」


 芝居がかった異母妹の声色に、もう頭が溶けそう。なにが悲しくてこんなやり取りを聞かないといけないのか。


「本当に優しいんだね、君は」

「……お姉さまは聖女に決まってとっても喜んでいらっしゃいましたわ。お祝いのパーティーをすると……張り切っておいでで」


「ひどいな。この家には君もいて、巫女に選ばれたっていうのに。そうだ。今度うちで君のための茶会を開こう。僕の友人たちに紹介するよ」

「ほ……本当ですか! でも……そんなの、お姉さまに悪いですわ」

「セレスティに文句は言わせないさ。君は、僕の大切な人だ」


 婚約者である私の名前を思いっきり間違いまくるマーティン様にため息をつく。彼を慕っていた、記憶を取り戻すまでの自分がかわいそうで泣けてきた。


 お父様に向かえと言われたサロンには誰もいなかった。


 もしかして、とクリスティーナの部屋の前までやってくると、こんな感じの、囁くような話し声がした。


 二人の関係が特別なものということは過去4回のループでよく知っていた。けれど、こんなに生々しい会話を聞くのは初めてで、扉の前で吐き気がする。


「セレスティアお姉さまが聖女となると……私はこの家でますます居場所がなくなりそうなんです。とっても不安で」

「そんなことはさせないさ。僕の矜持にかけても」

「マーティン様……!」


 クリスティーナが悪い顔を隠し切れなくなったところで、いろいろ限界を迎えた私は扉をノックした。


「失礼いたします」

「セ、セレスティ嬢……!」

「今のお話はすべて聞かせていただきました」


 マーティン様は一瞬だけ狼狽する様子を見せたものの、すぐに立ち直る。


「そ、そうか。そういうことだ。新しいものを嫌うという理由で、異母妹をいじめるのはやめることだな」

「新しいものを嫌う? ……私とクリスティーナの誕生日は、数日しか変わりませんのよ。彼女のお母上は、私の母が亡くなった数週間後にはもううちにいたらしいですから」


「ではなぜ彼女を虐げる。クリスティーナ嬢は可愛らしい外見や出すぎない振る舞いで身の丈を弁えている。さらに刺繍の腕も確かで、淑女として完璧だ。社交界での評判は素晴らしいのに、家で居場所がないと泣いているではないか」


 マーティン様は、ひらり、と刺繍がされたハンカチを見せてくる。


 ちなみにその刺繍は私がしたもので、事情を知っていれば間抜けにしか見えない。


 継母が作り出した評判を盾にして高圧的に振る舞うマーティン様はひどく滑稽だった。いつの間にか彼の背中にくっつき、私から身を隠そうとする異母妹にも腹が立つ。


「私は、そのようなことはしておりません」

「しかし、クリスティーナ嬢は」


 マーティン様の後ろで、異母妹がにやり、と笑うのが見えた。あ、これはこの前見た夢と一緒……いいえ、違う。あれは四度目の人生のときの真実だった。


 私は覚悟を決めた。


「マーティン様。私たちの婚約を解消いたしましょう。私よりも妹を優先するのでしたら、彼女と婚約をし直すべきです」


「ま、まままま待て。僕がしているのはそういう話ではない」


「そのセリフは握ったままの妹の手を離してからお願いします」


 ぱ、と二人の手が離れて微妙な空気が流れた。どこまでもその場しのぎの対応にため息が漏れてしまう。


「本質を理解していないのはあなたですわ」


 俄かに焦り始めたマーティン様を、私は冷ややかに睨みつけた。


「相手を信頼せずに自分の意見だけを押し付け、都合のいい話ばかり真実とするのは傲慢ですわ。そのような方に寄り添うのは困難です。幸い、私はこの国で大切にされる聖女との啓示を受けました。この家を追い出されても、神殿が保護してくださいます」


「ま、待ってくれ。冷静に、話を」


「ああ、それからマーティン様。私の名前はセレスティではなくセレスティですわ。クリスティーナの名前を呼びすぎたのかもしれませんわね。では、失礼いたします」


「話せばわかる。セレスティナ……セレスティア! 話を聞いてくれ!」


 真っ青な顔をしたマーティン様に恭しくカーテシーをすると、私は淑女らしく退室した。

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