第6話 これまでのループと違うようです

「金色」「せ、聖女!」


 周囲がどよめいたのがわかる。それが神殿の端まで広がるよりも早く、煌めきは石全体まで行きわたった。そして煌々と神殿全体を照らす。今日はいいお天気だけれど、それよりも眩い明るさで。


 確かに、金色の光。


 ――だけれど、おかしい。過去4回のときにはこんなことはなかった。


「文字が……」


 古代の神話文字が浮かび上がらないのだ。大神官様も同じことを思っているのだろう。私の背後にまわって石を覗き込む。その瞬間。


 パキッ。ビシッ。


「えっ?」


 不穏な音がし始めたので私は後ずさる。とん、と大神官様にぶつかってしまった。謝ろうと見上げた大神官様はかわいそうなほどに驚愕の顔をしている。どういうこと、と石版のほうに視線を戻す。すると。


「割れるとは……!」


 石は、粉々に砕け散っていた。


「ええっ?」


 この世界に存在する聖女は、『先見の聖女』『戦いの聖女』『癒しの聖女』『豊穣の聖女』の4種類。


 そういえば、私は4回目までのループでこの聖女4種類をコンプリートしている。


 何の聖女になるかは毎回違うので、魂に基づいたものではないのだろうな、と思っていた。つまり、もうこれ以上力は与えられないということ……?


「こんなことははじめてだ」


 ええ、私もです。


 とりあえず大神官様に視線を合わせてから、愛想笑いを浮かべてみた。




『後日、あらためて神殿に来るように』と言われた私は、一人で馬車に乗りスコールズ子爵家へと戻った。


 一人になってしまったのは、私が『聖女』になったのを見た継母が気絶したからだ。


 継母を介抱するお父様とクリスティーナが同じ馬車に乗り、とっとと帰ってしまった。


 私のことを愛しているといいつつ、いざとなるとあっさり継母と異母妹を選ぶお父様。


 告げ口をすれば何とかなると思っていたこともあった。けれど、お父様は長いものに巻かれ、強いほうにひれ伏すタイプだった。


 そうでなければ、娘を後妻に任せきりなんてありえない。数時間前の自分の浅はかさにため息をついて、別棟の自室へと戻る。寒い。


 自分で暖炉に火を入れ、ほつれた室内着に着替えてブランケットにくるまる。今日はお父様が家にいるから薪は使い放題なはず。薪をぽんぽんと投げ入れて、火をどんどん燃やしていく。


「こんな生活にずっと耐えていた自分が信じられないわ……」


 顔を上げると、窓越しに豪奢な馬車が敷地内に入ってくるのが見えた。うちの馬車も華やかだけれど、それとは一線を画す高貴さ。そして、紋章。


「マーティン様だわ」


 ヘンダーソン伯爵家の嫡男、マーティン様は17歳。どの人生のときも私が生きていれば必ず婚約破棄をする最低な男である。


 理由は決まって『クリスティーナと真実の愛を見つけた』。バリエーションの少なさにも辟易する。


「一度目のときなんて、お父様を亡くして家を追い出された直後の私に婚約破棄を言い放つんだもの。結婚が叶わないのは当然だけれど、異母妹のほうが好き、とか言う次元じゃないと思うの。人間として最低よ」


 人類の底辺に這いつくばる彼の顔を思い出していると、部屋のドアが叩かれた。


 訪問者はいつも食事を運んでくれる使用人である。けれど、手元にはスープとパンがのったトレーがなくて、私は首を傾げた。


「何か御用かしら」

「旦那様がお呼びです」

「ああ、マーティン様がいらっしゃったからね」


 私の答えに使用人の表情が強張る。きっと、この先の展開を想像しているのだろう。


 彼が訪ねたのは、私ではなくて妹のクリスティーナなのだから。

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