第5話 啓示の儀を受けます

 警察が到着すると、私を助けてくれた彼はいなくなってしまった。呆気にとられてお礼も言えなかった自分が情けない。


「セレスティア。このまま神殿へ向かおうと思うが大丈夫か」

「……ええ、問題ないですわ」


 警察に強盗を引き渡し終え、後日家で事情聴取を受ける約束をした私は、お父様と二人でまた馬車にのる。


「さっき……セレスティアを助けてくれた青年にお礼をしないといけないな。名前を聞いたか」

「いいえ……」


「……ああ、怖い思いをしたのに聞くべきではなかったな。すまない。お父様が探そう」

「お父様。もし見つかったら、私に教えてくださいませ。直接お礼を申し上げたいですわ」

 

 一応はそう伝えたけれど、あの彼が見つかる可能性は低いだろうと思う。


 ――彼の名は、トラヴィス。


 一度目の人生でも出会った、私の友人だ。


 スコールズ子爵家を追い出され、こっぴどい形で婚約破棄され、居場所を失ってこれ以上ないほどに傷ついていた私を助けて寄り添ってくれた人。


 けれど、友人だったのは一度目の人生でだけ。他の人生でも会いたいと願い、一生懸命探したのに、巡り合うことはなく。


 ――どうして、今日ここで。


 懐かしい友人との一方的な再会。諦めて忘れていたはずなのにな。





 『啓示の儀』とは、神に仕える職への適性を確認するためにある。平民・貴族に関係なく受けられて、『聖女』『神官』『巫女』への適性を判定するイベントだ。

 

 適性ありと判断されるのはとても名誉なことで、神様に選ばれた人間として敬い傅かれる存在となる。


 ちなみに『神官』は聖女を守り補佐し、『巫女』は神殿内の管理を行う。神殿は『聖女』を中心としてまわっているけれど、三度目ぐらいの人生までは聖女に選ばれた後も家で居場所がなかった。これは、完全に虐げられ慣れすぎたせいな気がする。



 神殿に到着した私は少し焦っていた。


「少し遅れてしまいましたが、大丈夫でしょうか」

「まぁ、今日受けられなくてもまた次の機会に来ればいい。十五歳を過ぎていれば、いつでも受けられるのだから」


 お父様はこう仰るけれど、記憶を取り戻した私はできるだけ早く家を出たい。そのために、聖女に選ばれたというのはとてもいい口実になる。


「あなた! クリスティーナが……!」


 神殿の中では、ちょうどクリスティーナが啓示を受け終えたところだった。


 興奮した継母が駆け寄ってきたので、私は軽く会釈をしてお父様から一歩離れた。そこに継母が自然と収まり、異母妹がお父様に正面から抱きつく。


「お父様! クリスティーナは巫女に選ばれましたわ!」

「本当か! おめでとう、クリスティーナ! さすが、スコールズ子爵家のかわいい娘だ」

「……おめでとうございます」


 巫女であっても、十分に誇らしいことだ。私は、ちらちらと得意げな視線を送ってくるクリスティーナに小声で祝福を贈る。


 仲睦まじい三人の親子と、少し離れて佇む私。表向き、我が家は『恵まれた先妻の子と立場がない後妻の子』の二人の娘がいることになっている。


 それは、継母が社交界で植え付けたネガティブなイメージにほかならない。


 私のお母様は伯爵家の令嬢だった。だから、はじめはそのつながりで味方をしてくれる人がいた。けれど、気がつくと周囲には誰もいなくなっていた。


 人の思い込みとはまったくもって恐ろしいと思う。声が大きいほうが有利、小さいほうには反論すら許されない。


「今日、啓示の儀を申請していたのは以上かね」


 大神官様の声が神殿に響いて、私は三人を横目に進み出た。


「ここにも一人おります。セレスティア・シンシア・スコールズです」

「セレスティア。では前へ」


「セレスティア、って存在してたのか」「あれだろう、スコールズ子爵家の性悪な方の娘」大神官様のところにたどり着くまでに、そんな声が耳に入る。


 当然だ。私は普段、別棟から出ることはない。お茶会や夜会にも、マーティン様の婚約者として呼ばれなければ列席を許されない。招待状は継母がすべて握りつぶしてしまう。そして、不在の場所で悪い噂が広がっていく。


「呼吸が整ったら、こちらの石版に手をかざすのじゃ」

「はい、大神官様」


 大神官様が指し示したのは、神殿の中央に置かれた平たい石。遠目には譜面台にのった楽譜のように見えるけれど、歩み寄ると確かに石なのだ。


「適性がない場合は何も起きない。青く光れば神官、白く光れば巫女、――金色に光れば、聖女、じゃ」


 大神官様は、その先の説明をしてくださらない。もし聖女だった場合は金色に光ったうえに何の聖女なのかが古代の神話文字で浮かび上がる。


 けれど、必要がないのだろう。この石版を光らせるのは100人に1人。聖女への適性があるのは、その中でも一握り。


 私は石版に一歩近づくと、ふぅ、と息を吐いてから手をかざした。


 その瞬間に、石の真ん中に柔らかな光が湧きあがった。

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