第4話 助けてくれたのは

 ガクン、という振動に私とお父様は前のめりになる。


「な、なんだお前たち!」

「だ、誰か! 誰か!!!」


 御者の狼狽する声が聞こえる。


「何だ。一体何が起きた」


 馬車から出て状況を確認しようとするお父様の手を、私は握って止めた。


「お父様。ここから出てはなりませんわ」

「しかし」


 これは、狙った通りのことだ。焦る必要はない。


 『防御プロテクション』、『反射リフレクション』。


 心の中で唱えると、馬車の周囲に光が湧きあがった気配がする。内部にも真っ白な光が入り込むけれど、いまは明るい午前中。お父様は気がついていない様子だ。


 今日、私がこれから神殿で受けることになる『啓示の儀』。


 私は、過去四回の人生すべてで『聖女』になった。聖女にもいくつかの種類があるけれど、二度目の人生のときは『戦いの聖女』だった。


 実際に竜退治の現場にも派遣されたし、心得はある。一度受けた啓示は魂と結びつき有効だ。だから、今回の人生でも『戦いの聖女』が操る防御魔法や聖属性魔法が使えるのだ。


「お父様……強盗です! 馬車に飛び乗ろうとしています」

「セレスティア。カーテンを開けてはいけない。お父様の近くへ」


 強盗たちが馬車に飛び乗ろうとしてはね返され、転げまわっているのは言わないでおく。防御魔法に重ねて、反射の魔法もかけたのだから当然だった。


 それから数十秒。


 馬車の揺れが収まったのを感じて、そろそろ大丈夫かな、と思った私は二つの魔法を解いた。お父様も同じことを思ったようで、私を抱きしめていた手をほどく。


「何と恐ろしい……。セレスティアはここにいなさい。私が様子を見てくる」

「待ってください。ここは街中ですから、すぐに警察がきますわ。もう少し……、」


 言い終えないうちに、お父様がドアに手をかけてしまった。がちゃり、と馬車の扉が開いた瞬間だった。


「うわあああ!」

「お父様!」


 お父様が馬車の外に引きずり出される。ほとんどの強盗は石畳の上に伸びているけれど、一人だけ無事だった者がいたらしい。


 ここで聖属性の攻撃魔法を。いいえ、視界の端には警察が映っている。あと十秒もしないうちにここに着く。防御魔法は地味だから目立たずに展開できたけれど、攻撃魔法は。


「おまえ! 上玉だな、こっちへ来い!」

「!」


 躊躇った瞬間に、お父様を引き倒した強盗の手が開けっぱなしの扉から私に届く。あ、まずい。そう思ったときだった。


 横から伸びてきた手が、目の前の強盗の髭面を殴った。ばきっ、と音を立ててその顔はへにゃんと曲がった。


「え」


 素手。武装した相手に、素手って。


 倒れ落ちて行った髭面の代わりに現れたのは、高貴な雰囲気を漂わせた青年だった。アッシュブロンドの髪は薄めの茶色に見えるけれど、太陽を受けた部分は銀色に輝く。


 吸い込まれそうに深い、瑠璃色の瞳。彼が私から目を逸らして強盗が伸びたのを確認したその、たった数秒間のまぶたの動きに愁いがあって、どきりとする。


「……!!!」


 驚きすぎて声が発せない私に、素手の一発で強盗をのした彼は美しい顔立ちにぴったりのさらりとした声色で言った。そう、


「何か馬車が襲われたみたいだけど……大丈夫?」


 大丈夫ではないです。

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