第3話 ひとつめのフラグ
足元に落ちたシャンデリアの残骸を見る。天井とシャンデリアを繋ぐ鎖が、何か鋭利なもので削られた形跡があった。
やっぱり。過去4回の人生でも不思議に思っていたことだけれど、このシャンデリアが落ちたのは過失ではなく故意だ。
一緒に歩いていたはずなのに、異常に離れた場所からこちらを見て立ち尽くすクリスティーナをひと睨みしてから、私は声を張り上げた。
「お父様!」
「今の音は何だ? ……セレスティア!」
今日は一家総出で神殿へと向かう。私とクリスティーナ、二人の啓示をまとめて受けるためだ。お父様は支度が整ってちょうどこのロビーへやってきたところらしい。
「……ぁ」
何かを言おうとしたクリスティーナを遮る。
「お父様、お久しぶりです。再会したばかりですが、お願いが! ……今日はお父様と同じ馬車にのせてくださいませんか」
「セレスティアお姉さま、何を仰るのですか。お父様と同じ馬車だなんて。それに、こんなことがあったら、神殿へは……」
「久しぶりにお会いできたんですもの。昨夜の晩餐には呼ばれなかったもので……ゆっくりお父様とお話ししたいですわ」
「!」
クリスティーナが怯んだ隙を突いて、私はお父様より先に馬車へと乗り込む。
昨夜、お父様が戻っているのに継母と異母妹が知らせてくれなかったのは間違いなくわざとだ。つい数分前までの私なら悲しい顔をして終わっていたけれど、いまは文句のひとつも言いたくなる。
でも、私がお父様と同じ馬車に乗りたいのはただ継母と異母妹の振る舞いを告げ口したいからではない。
今日はとても重要な分岐の日なのだ。
この日。神殿へと向かう馬車でお父様は強盗に襲われて命を落とす。
――その結果。
一度目の人生、私は無一文でスコールズ子爵家を放り出された。『先見の聖女』と啓示を受けたので私自体は困らなかった。けれど、領民は飢えた。
二度目の人生、ループしているという状況が受け入れられないうちに同じことが起きた。やっぱり領民は飢えた。
三度目の人生、クリスティーナといざこざを起こし、私への継母からの平手打ちと引き換えに何とか馬車の出発を遅らせることに成功した。
お父様が乗った馬車は強盗に襲われなかったけれど、かわりに同時刻・同じ場所で別の馬車が襲われた。それに乗っていたのは、私が知っている人の大切な人だった。
四度目の人生、馬車に護衛をつけさせた。お父様も迷っていたところだったから対策自体はスムーズだった。
けれど、結論からいうと、この時に護衛を見て馬車を襲わなかった強盗たちが大悪党に成長を遂げ、数年後に銀行を襲いたくさんの人が犠牲になるという大惨事につながった。
お父様と並んで座ると、馬車はゆっくりと走り出す。
「セレスティア、昨日、帰宅の出迎えと夕食に来なかったのは体調が悪いからと聞いていたが……もう大丈夫なのか」
「はい、お父様。そもそも体調は悪くないのです」
「そうなのか? それならよいが……そうだ。セレスティアはいつまで別棟で暮らすのだ。まあ、マーシャが侍女をつけ、たえず暖炉に火を燃やし食事を運んでいると言っていたが……マーシャやクリスティーナと距離をおいて暮らしたい気持ちはわかるが、母親にあまり手をかけさせてはいけないよ」
清々しいほど見事に全部嘘である。
マーシャ、と愛し気に呼ばれた継母の顔を思い浮かべて私は生温い笑顔を浮かべた。これまでの人生ではそんな暇と余裕はなかったけれど、何せ5回目だ。今度こそお父様に事情を話したい。
その間に馬車は街中へと入っていく。この人生では久しぶりに見る、賑やかな街の光景。午前中から賑わうベーカリーにカフェ。行き交う人々。
昨夜積もった雪が溶けた石畳の道を、馬車はカラカラと進む。そろそろだった。
無事に今日が終わったら、お父様に告げ口しよう。そしてシャンデリアが落ちる細工をした犯人を。まぁ、あれは間違いなく異母妹の仕業だけれど。
とにかく、最終的には家を出る自由がほしい。
決意を終えた、ちょうどのタイミングで馬車は衝撃を受けて止まった。
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