エリオットの本音

エリオットは、リリーシュのことが大好きだった。幼い頃から彼女は、どこか公爵令嬢らしくなかった。


淑女教育はそれなりにこなしているし、振る舞いもおかしくはない。けれどリリーシュは、良い意味で素朴だった。


父親が自分に会わせる令嬢は何もリリーシュだけではなかったが、エリオットは彼女以外に興味が持てなかった。


彼女も自分のことを慕ってくれていると、エリオットは感じていた。彼女はいつも、自分の髪の色と同じヘーゼルアッシュの瞳をキラキラと輝かせてエリオットを見つめる。


屋敷に尋ねればどんな時でも飛び出してくるので、彼女はよく侍女のルルエに怒られていた。その姿も、エリオットにとっては可愛くて仕方なかったのだ。


幼い頃は、エリオットだって素直に気持ちを伝えていた。恥ずかしいという感情が、まだ育っていなかったからだ。


けれど成長するにつれて、エリオットはどんどんリリーシュを一人の女の子として意識するようになっていった。お互い、まだそんな年齢ではない。特にリリーシュはそういったことに疎いのか、さり気なく恋愛の方向に話を持っていこうとしても、キョトンとした瞳で見つめ返してくるだけ。


そしてあろうことか彼女は、エリオットを「もう一人の兄のようだ」と言って笑ったのだ。


兄なんて冗談じゃないと、エリオットは思った。リリーシュに他意はないと分かっていても、どうしようもなく悲しかった。


今彼女に好意を伝えたとして、同じ気持ちを返してもらえるかどうかは分からない。それにエリオットは日頃から母親に、幼馴染といえども女性の屋敷を訪ねるのだから軽率な行動はくれぐれも控えるようにと、釘を刺されていたのだ。


彼女がいずれ社交界デビューをし、婚約者探しに本腰を入れるようになった時変な噂がたっていれば、それは彼女の為にならないのだからと。


婚約者探しなどする必要はないじゃないかと、一度だけエリオットは母親に反論したことがあった。


どうして、自分ではダメなのかと。家柄だって、同じ公爵家同士なのだから大きな障害があるとは思えない。両家も当人同士も仲が良いのだから、話を進めれば良いじゃないかと。


エリオットの母親は厳しい顔をして、そんな簡単な話ではないと言った。仲が良いからこそ、そこに恋愛沙汰を持ち込み仲違いしてしまうことが、嫌なのだと。


リリーシュもエリオットも、まだ子供。この先、どんな感情が生まれ育つか分からない。エリオットのことは可愛いけれど、それと同じようにリリーシュのことも可愛いと思っている。


公爵令嬢として政略結婚など珍しくもないが、彼女がウィンシス公爵家に嫁ぐ未来があるのなら、リリーシュにはそういった義務感を抱いて来て欲しくはないのだと。


エリオットの父親も同じ気持ちで、アンテヴェルディ公爵家を大切に思っているからこそ立場が上であるこちらからそういったことを申し出て、強制のようになってしまうのは避けたいと考えていると聞かされた。


厳格な両親の考えそうなことだと、エリオットは思った。理解はできるが、まだ子供であった彼には納得ができなかった。


こうして自らの気持ちとリリーシュの幸せ、その両方に板挟みにあってしまったエリオットは考えを拗らせ、いつしかリリーシュの前で素直に感情を出すことができなくなってしまったのだった。


取りたくもないのに嫌な態度を取ってしまう自分は、リリーシュに嫌われるのではないかといつも内心ビクビクしていたエリオット。


そんな彼の複雑過ぎる想いなど知る由もないリリーシュは、エリオットはそういう性格なのだと受け入れた。


どんなエリオットでも、彼女にとって大切な存在であることには変わりないのだから。


エリオットが残念な“初恋拗らせ男”に変わってしまってから数年、彼が感情を露わにする姿を暫く見ていなかったリリーシュは、ポロポロと涙を溢す彼にどう接していいのか分からなかった。


ただその背中にそっと触れると、優しく上下にさする。


「ごめんねエリオット、今だけ許して」


いつも、リリーシュが触れることに異常に反応していたエリオットを気遣う台詞を口にする彼女のことが、エリオットは愛おしくて仕方なかった。

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