彼女の手作りのお菓子

「僕はなんて情けない男なんだろう。リリーシュが僕の為にその小さな手で一生懸命作ってくれた、大切なボタンだっていうのに」


エリオットは綺麗な顔を歪めて、膝から崩れ落ちる。そんな彼を支えるように、リリーシュは手に力を込めた。


「ごめん、リリーシュ」


「謝らないで。初めから、私がエリオットにちゃんと聞くべきだったのよ。お誕生日には何が欲しい?って」


「違うよ、そうじゃないんだ」


「そうじゃないって」


「僕は…」


エリオットは口籠もり、下を向いた。その拍子に、彼のスラックスにポトリと涙が落ちる。リリーシュは自身のポケットバッグに手を伸ばそうとして、躊躇った。


今持っているハンカチは、アンテヴェルディ公爵家の紋章の刺繍が入っている。おめでたい席だから華美なものをと、母であるラズラリーに持たされた。


涙を拭く為とはいえこれを男性に渡すことの意味を、九歳のリリーシュは既に知っていたのだ。


「僕は、リリーシュの手作りのものが欲しかったんだ」


観念したように、エリオットがポツリと呟いた。いつもの、どこか高圧的な物言いとは全く違う。自身なさげな、ただの十歳の男の子だった。


「私の手作りのもの?」


「ほら…あれだ。君はこの間のリザリアのバースデーの時、手作りのお菓子を渡していたじゃないか」


そう言われて、リリーシュは記憶を手繰り寄せた。確かに彼女は、エリオットの妹であるリザリアの八歳の誕生日に、手作りのクリームを挟んだクッキーを渡した。リザリアから、リクエストされていたからだ。


手作りと言っても、パティシエの隣で少し手伝いをした程度ではあったのだが。


リザリアはとても喜んでくれて、大切に食べると言って笑ってくれたのをリリーシュは思い出した。


「僕はあれが、その…羨ましかったんだ」


「えっ?」


リリーシュは、思わず目をパチクリと瞬かせた。まさか、エリオットの口からそんな台詞を聞くとは夢にも思わなかったからだ。


「リザリアは、これは自分が貰ったんだと言って一枚もくれなかった。リリーシュの手作りを食べられる機会なんて、滅多にあるものじゃない。だから僕は…リザリアに妬いてしまったんだ」


つまりエリオットが言いたいのは、リリーシュがプレゼントしたボタンがまさか手作りとは思わなかった。リザリアの時には手作りのプレゼントをあげたのに、自分はそうではなかったから。


だからつい、ガッカリした顔をしてしまったと。


「ふふっ」


なんて、可愛い理由なの。リリーシュは耐えきれなくなって、口元に手を添えてクスクスと笑う。


普段私が話しかけてもツンとした態度を取っているくせに、心の中ではそんな風に考えていたなんて。


「ごめんねエリオット。さっきは途中で走って逃げちゃって」


「…いや」


「エリオットのことを想って一生懸命準備したプレゼントだったから、嬉しくなさそうな顔をされてつい…貴方からしてみれば、あれが手作りかどうかなんて分かるはずないのにね」


そもそも、既製品であろうとなんだろうと贈られたプレゼントを見てガッカリするなんて、人としてどうなんだろうという話だ。


しかし、リリーシュにとってそれは重要ではなかった。エリオットがあんな顔をした本当の理由を知った今、彼の思考が常識的に考えてどうかという議論には何の意味もないのだ。


「リリーシュ、君という人はどこまで僕に甘いんだ」


下を向いていたエリオットが、顔を上げる。エメラルドの瞳にはまだ薄らと涙が残っていて、なんて綺麗なんだろうとリリーシュは見惚れてしまった。

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